19:我慢の限界
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今日は一日中座学をしていたらしいエマ。
記憶力が驚くほど良く、応用も利く。
気になったことをちゃんと質問するし、失敗を恐れずに挑戦する意欲がある。
余計な恥らいもしないし、虚勢も張らない。
教え甲斐がある。
教師たちの評価はかなり高い。
そしてどの教師も言う。
『エマ様は、ちょっとおっちょこちょいですね。それがとても可愛らしい』
俺だけのエマだったのに、皆がエマの良さに気付いていく。それが少しだけ悔しいような淋しいような……。これはたぶん嫉妬と独占欲だ。
それをエマに知られたくないと思うものの、エマだったら笑って許してくれそうだという淡い期待も持ってしまう。
月下美人の開花を待ち、二人で他愛ない話をした。
男爵家で育てているハイドランジアが今年はあまり咲かなかったとか、生えたばかりの雑草には熱湯を掛けるとすぐに枯れるとか。
「向日葵が……もうすぐ…………咲くんで…………す」
「ん。エマ、眠いなら寝ていい」
「一緒…………いです」
たぶん、月下美人を一緒に見たいと言ってくれたのだろう。もう言葉が紡げなくなってきてるが。
「ん、開いたら起こすから」
「はい…………んっ。向日葵も一緒……」
「あぁ、向日葵も一緒に見よう」
「向日葵……」
向日葵に何か思い入れでもあるようで、ほぼ眠っているエマが何度か『向日葵』と呟いた。
「デメ……リオさま…………目のいろ……一緒」
言葉が途切れて愛称のリオで呼ばれたような気分になったからなのか、俺の瞳をそんなふうに見てくれていたからなのか……どちらともなのか。
心臓が激しく脈打ち、隣で眠るエマを抱きしめたい衝動に駆られた。
奥の方に控えていた侍従に冷たい飲み物を頼み、頭を冷やした。
エマは浅い眠りから何度か覚醒した。軽く眠ってしまったことが恥ずかしかったらしく、頬を赤く染めていた。
そしてエマが何度目かのうつらうつらとしていたとき、月下美人の花びらがふわりと動いた。
「エマ、どうやら本格的に開花が始まったようだ」
「ん……っ」
俺に寄りかかっていた身体を起こし、目蓋をコシコシと擦るエマが少し幼く見えて、また抱きしめたい衝動に駆られた。
「ふぁ……ほんとだ」
エマが離れたことで、少しだけ寒さを感じてしまい、つい腰に腕を回して引き寄せてしまった。
全く。何も我慢出来てないじゃないか。
「デメトリオさん?」
「…………リオと」
「リオ」
こてんと首を傾げて愛称で呼ばれたことで、我慢の限界が訪れた。
「んっ…………」
艷やかな唇は、甘美な味がした。