18:迎えに来た
家での妃教育は座学がほとんどで、今日は周辺国の歴史についてだった。隣接している三国の名前がややこしいなと思っていたら、元々一つの国だったらしく、分裂した際にそうなったのだと教えられた。
「ぶはぁ………………」
今日の授業が終わり、ベッドにダイブ。
脳内でデルティニア・ダルトニア・フェルトニア三連国の名前がぐるぐるしている。仲違いとかではなく、五百年前に当時の王子たちが三人いたことで、それぞれで各地方を統治してみようとなったらしい。
ここ数百年は世界で戦争が起きていない。年に数回程度の小競り合いはあるらしいが、国同士で大きな戦闘には至ってないと教えられて、ホッとした。
いままでは一切と言っていいほど気にしていなかったけれど、デメトリオさんに関わってくるかもしれない事案は結構に多いようだった。それを『知りません』じゃ済まされない立場になった。一段と気合を入れて授業を受けていたけれど、疲れるのは疲れる。
「ふぅ……」
ごろりと仰向けに転がって、ベッドの上で両手両足を大きく広げ、ため息を吐きながら天井を見つめていたときだった。
侍女のカサンドラさんが来客だと知らせてくれた。
「誰?」
「デメトリオ殿下でございます」
夕方を随分と過ぎ、夜に近付いているのにどうしたんだろうか、と疑問に思いつつも玄関ホールに向かった。
玄関には既に両親がいて、デメトリオさんとちょうど挨拶をしているところだった。
「エマ、迎えに来たぞ」
「ん?」
「……その反応は忘れているな? 月下美人」
「あっ!」
咲きそうになったら呼んでくれるって言ってたっけ。
デメトリオさんはあれから二週間も掛かるとは思っていなかったと苦笑いしていた。
「月下美人かぁ。僕も見に行――――ぃたぁい!」
「おバカさんはほっといて、楽しんで来なさい」
「はぁい」
「くはっ……お嬢様をお預かりいたします」
母に耳をギュイッと引っ張られて涙目の父に苦笑いしつつ、王城へ月下美人観察とお泊まりに出ることにした。
事前にお泊りに行くかもと伝えていたので、荷物の準備はカサンドラさんが既に終えてくれていた。
王城に到着し、泊まる部屋に通されて違和感を覚えた。
いままで入ったことがないくらい、奥まった場所のような気がする。そして、二つ隣の部屋にデメトリオさんが入って行った。
「もしかしてここって……」
「王太子妃用のお部屋ですね」
「おぉ……」
王城に泊まるのなら、当たり前なのかもしれないけど、わりと急すぎて心臓が変に鼓動を早めた。
内装は、なんというか普通で、ベースの家具等しか置かれていなかった。
本格的に使うようになってから、絨毯の柄など決めるといいとカサンドラさんに言われた。
荷物を解いていると、ドアがノックされた。ドアの隙間からひょっこりと顔を出したデメトリオさん。
「毛布類を持って、庭園に向かおう」
「はい」
デメトリオさんにエスコートしてもらいながら庭園に向かうと、ガゼボのベンチからよく見える場所に月下美人が置いてあった。
蕾は少しだけ開いているように見える。
「庭師が言うには、絶対に今日らしい」
「長年の経験からですかねぇ」
もう数時間かかるかもしれないし、すぐかもしれないから、とりあえず温かいお茶を飲みながら観察しようとなった。
二人で月下美人の蕾を眺めつつ、他愛もないお喋り。ちょっと眠くなってうつらうつらと船を漕いでしまった。
デメトリオさんが肩に寄りかかっていいと言ってくれたので、その言葉に甘えて何度か寝てしまっていた――――。