17:一緒に
妃教育は、想定していたより沢山のことを覚えなければならなかった。でも、辛いというよりは、とても楽しい。
「はい、そこでコントラチェック」
「おわっ!?」
「エマ様、それは男性パートです」
「あれっ?」
今はダンスの授業に、デメトリオさんが付き合ってくれている。
彼も王太子となって色々な執務が加わったはずなのに、できる限り一緒に過ごしてくれるのが嬉しい。
無理をしていないかと聞いても、彼は絶対にイエスとは言ってくれないから、出来るだけ楽しい時間を過ごすようにしている。
それが、お互いにストレス発散になりそうだし――――ただ、こういう笑わせ方は想定していなかった。
「ぶははははは! なるほど、女性がちょっと引き攣った笑みになる理由が分かった! これは、ああなるな!」
ダンスの先生にコントラチェックと言われて、身体が勝手に動いた。そして気付いたら、なんでかデメトリオさんを仰け反らせていた。
デメトリオさんはお腹を抱えて笑っていたけれど、私はちょっと不服だ。
ダンスは、ホールドしている手や、繋いでいる手で何となく合図を送るらしい。それが酷く分かりづらい。
初心者の場合やデビュタントでダンスのステップが決められていることもあるらしいけれど。
「デメトリオさんが手を引いたじゃないですか」
「そりゃあ引くよ。壁に近かったし、もう二ステップ残っていたし」
「…………なるほど?」
どうやら、コントラチェックと言われた瞬間に私は反応したけど、本来はあと二歩ステップを踏んでからのコントラチェックだったらしい。
だからデメトリオさんが壁から中央に軌道修正するために引いた手に急に反応したせいで、なぜか男性パートでコントラチェックをかました……と。
「いや、それでもなんで俺が押されるのか分からないがな! うははは」
デメトリオさんは、仰け反ってポージングしたのが本当に楽しかったらしい。
そして、ああいったポージングの時に、女性がよく『ヒュッ』といった感じで顔を引き攣らせていたのが気になっていたらしい。
それが何となく分かったと、とても楽しそうだった。
「もうっ、そんなに笑わないでください」
「ん、すまない」
柔らかく微笑んで、チュッとこめかみにキスをしてくるものだから、これ以上は怒れなくなる。
デメトリオさんがちょっとイチャイチャしたそうな空気を出したせいか、ダンスの先生が今日はこれまでにしましょうと苦笑いして部屋から出て行ってしまった。
「あう……ありがとうございました」
「ふふっ」
ピアノ演奏をしてくれていた音楽家の方が出て行きかけていたのでお礼を言うと、生暖かい笑顔を向けられてしまった。
「もぅ。デメトリオさんのせいです」
「はははっ。少し時間が出来たな。次の授業まで温室でお茶でもしよう」
「はい」
王城の庭園の一角にガラス張りの温室がある。そこには南国の花があり、あまり季節に影響を受けずに美しく咲いているので、ここ最近は時間があれば訪れて観賞したりしていた。
「あれ? 月下美人がない」
蕾が随分と大きくなってきたなと、温室を訪れる度に見るのを楽しみにしていた、サボテン科の植物だった。
「あぁ、もうそろそろ開花しそうなこともあって、直射日光の当たらない場所に動かしているらしい」
「そうなんですね」
「見たいのか?」
それは、一夜しか咲かない花らしいし、見てみたくはある。ただ夜中に咲くのだと王城の庭師が言っていたので、その機会は得られなさそうだけど。
「開花しそうな日になったら、王城に泊まるといい。というか、俺が一緒に見たいから、泊まれ」
「っ、ふふっ。はい」
ちょっと強引なデメトリオさんも好きだなぁと、彼の顔を見つめて笑っていたら、耳が少し赤くなっていることに気が付いた。
もしかして、勇気を出して誘ってくれた? そうだったら、物凄く嬉しい。