16:異常に強かったらしい
「しかし、一番の問題は卿の収入だな」
「へ?」
「賞金は仕方ないとして、指導料も値上げをすべきだ」
父と私がぽかんとしていると、デメトリオさんに家の調査はおじいちゃんが生きていたころに既に済ませていたと言われた。
そういえば、宰相さんと家に来た時もだけど、どうやって素性とか分かったんだろう? 家に帰るのを尾行したとか?
父に後をつけられてて気付かないなんて鈍感だなぁ、なんて馬鹿にされていたら、デメトリオさんが苦笑いしていた。
「二人とも、自分たちの家名がどれだけ有名か気付いてないな? ルシエンテスと聞けば、一瞬で『無敗のチェス王』と頭に浮かぶほどには有名だからな?」
「「へ?」」
父がいやいやー、まさかぁ!と顔の前で手を振っていたけど、デメトリオさんは真剣な顔で「マジです」と言い放った。
「あと、エマのチェスの強さは異常だからな? ……なんで二人ともまたきょとんとしているんだ」
デメトリオさんもおじいちゃんも、そこそこ強い部類だと言われた。
デメトリオさんの方がわりと強かったけど? まぁ、それはいま言わなくてもいいか。
「え? エマも大会出てみる?」
「んー。楽しくないからいい」
「っ…………楽しくなかったのか!?」
デメトリオさんがガタリと立ち上がって、顔面蒼白で聞いてきたので慌てて違うと伝えた。
チェス自体は好きだけど、大会って凄くピリピリしているから嫌いなのだ。人によっては相手の家族構成まで把握したりして、雑談によって精神を揺らして来る。ああいうのはとても自分には向かないし、楽しめない。
「あはは。僕は楽しめるからねぇ」
「卿は……何を言ってもニコニコしてそうですね」
「うん。可愛いんだよね。その程度で負けると思ってるところが。別の努力すればもう少し強くなれるよって言ってあげるけど、なんでか怒るんだよねぇ」
「なるほど。エマの煽りグセは卿のせいか」
なにがどう『なるほど』なんだろうか。煽った覚えは一切ないんだけど?
私がムッとした顔をしたのが分かったのだろう。デメトリオさんが目を座らせて「庭園」とだけ呟いた。
あれこそ不可抗力じゃないの!
何だかんだと雑談に花を咲かせてしまったけれど、父の指導料は見直すこととなり、私の妃教育の日程もある程度決まった。
早速、明日から妃教育開始だ。
家で受けられるものは家で、王城で受けたほうがいいものは王城で。少し移動等が大変だけど、デメトリオさんがいる王城に行けるというのは、実は嬉しかった。
「エマ、明日な」
「はい」
帰り際、馬車に乗る直前にデメトリオさんが頬にキスをして『明日』と言ってくれたことが本当に嬉しかった。彼も、私に会いたいと思ってくれているということが、未知の世界に足を踏み入れる恐怖を和らげてくれる。
地位や教育のなさで何か言われるかもしれない。それでも、私は彼の隣にいると決めた。
やれることは全て、全力で。
負けても、立ち上がる。
それが私の信条。