14:はじめての
もうすぐ――――そう思っていた。
デメトリオさんの顔が目の前まで来て気付いた。瞳の色が緑と黄色と入り混じっていて、向日葵みたいで綺麗なのだ。
あまりの美しさに吸い込まれるように見ていたら、デメトリオさんのおでこが私のおでこにくっついて、鼻と鼻がチョンと触れた。
「エマ、こういうときは目を閉じろ」
「へ!?」
「……エマ、嫌?」
嫌というのは、キス……だよね。
少しだけ離れてしまったデメトリオさんの顔が、酷く不安そうになっていた。
「キス、したいです」
「ん」
片手で腰を、もう片手で首の後をがっしりとホールドされた。
一気に猛禽類のような視線と表情になったデメトリオさんの顔がギュンと近付いてきて、慌てて目を閉じた。
ふにゅりと触れる柔らかなもの。
さっき垣間見た獰猛な何かとは全く違う、切ないほどに優しいキスだった。
何度か触れたあと、デメトリオさんが唇を僅かに離して力抜いてと言うと、両手で頬を包んできた。
顔を少し上向きにされて、徐々に深まるキス。
――――苦しい。
ふはふはと必死に息をしていたら、いつの間にか離れていたデメトリオさんが、濡れた唇を親指で拭っているのが見えて、何か色々もう無理ってなった。
「えっ……エマ!?」
ボロボロと涙を流し出した私に、デメトリオさんが明らかに慌てていたし、恐怖や後悔のようなものが見えた気がした。
「ごめっ…………ちが……です」
ごめんなさい、違うんです。そう言いたいのに、しゃっくりのようになって、なかなか話せない。
差し出されたハンカチを借りて目元を押さえていると、ふんわりとオレンジの匂いがして気持ちが落ち着いた。
「エマ。俺の立場だと、質問しても強制しているように思えるのかもしれない。嫌なら嫌と言っ――――」
「違うのっ」
デメトリオさんが後悔の色に染まっていくのが分かって、慌てて言葉を遮った。
恋を自覚した瞬間に散った。それなのに、散った直後に今度は婚約者になった。
そして、デメトリオさんが私のことを好きだったと知って、自分の中から湧き出る感情の置き場所が分からなくなった。
嬉しくて、恥ずかしくて、あまりにも幸せで、心臓が苦しい。
目の前のこの人が好きだ。好きで堪らなくて、それをどう伝えたらいいのかを私は知らない。
「あの……抱きしめてくれませんか?」
「……あぁ」
少し困ったような声で返事されたけど、デメトリオさんは掻き抱くように力強く抱きしめてくれた。
「私も、ずっと好きでした。気付いたのは、デメトリオさんがはじめて家に来たときだったけど……ずっと好きだったの。だから、デメトリオさんがくれる全部が嬉しくて」
いま酷く幸せすぎて、情緒が迷子になっていたと伝えると、「くそっ、連れ去りたい」と言われてしまった。
どこに連れ去るというのか。連れ去ってどうするのか。気になって仕方ない。
「エマ」
「はい」
デメトリオさんが抱擁を解き、真剣な顔で私の名前を呼んだ。何か真面目な話だろうと居住まいを正して彼の顔をじっと見る。
「煽るな」
「え?」
「男を、煽るな」
二回言われた。
「今日は、はじめてのデートだろう?」
「はい」
「煽るな」
三回目……。
「エマ、恋する男の我慢なんてな、紙縒りよりも耐久性がない」
「へ……」
「あまり煽られると、おおよそはじめてのデートでは絶対に到着しないところまで行くぞ」
「……どこに」
いや本当に、どこに行くというのだろうか。というアホな質問をしてしまうのだから、デメトリオさんを煽る結果となるのだろうなと、二度目の酸欠に襲われながら反省した。
「初夜に決まってるだろうが」
――――意味が、分かりません。