12:デート
デメトリオさんとデートの日、いつもの格好でいいと言われたので、本当にいつもの格好で待っていた。ブラウスとフレアタイプのロングスカートに幅広めのサッシュベルト。平民より少し上等かもしれない程度。
母が横から本当にそんな格好でいいのかと何度も聞いてくるが、デメトリオさんの手紙にそう書いてあったのだ。
母と何だかんだとおしゃべりしていたら、ドアノッカーが鳴り響いた。どうやらいつの間にか約束の時間になったらしい。
玄関の扉を開くと、デメトリオさんがいた。いままではブラックスーツでおじいちゃんの護衛風の服装だったけれど、今日は少し平民の青年らしい装いになっていた。
「ん。ルシエンテス卿は?」
デメトリオさんが母に挨拶したあと、父がいないことについて聞いてきた。たぶん、貴族のルールの中に、未婚の男女がデートする際は両親に挨拶し、日が落ちる前に家に届けますと約束する。というものがあるからだと思う。
「すみません。隣国の大会に出場していまして、戻りは来週になるようです」
たぶん、負けないから最終日まで帰ってこない気がする。
「ふっ。流石、無敗のチェス王だな」
デメトリオさんが納得したといったふうに頷き、こちらに右手を差し出してきた。そこに左手を重ねると、彼は再度母に挨拶してからエスコートを開始した。
馬車に揺られながらどこに行くのか聞くと、王立庭園だと言われた。
「おお、定番のデートスポットですもんね!」
思ったことをつい言ってしまう癖を、どうにかしなければいけない気がする。言った瞬間にデメトリオさんがちょっと困ったように微笑んでいたから。
庭園に到着した。
中を散歩するのだとばかり思っていたら、いつものガゼボで話したいと言われて、そういえば仲を深めるように言われてたんだっけと思い出した。
いままでは私の向かい側におじいちゃんとデメトリオさんが座っていたけれど、今日はデメトリオさんの隣に座るよう言われた。
「……なんだか、ちょっと落ち着きませんね」
「ん」
二人並んでガゼボのベンチに座っていたが、何となく違和感を覚えた。心臓がドクドクと激しく鼓動しているのは、気のせいだと思いたいけど、たぶんデメトリオさんが近いせい。
「少しだけ、話を聞いてくれないか?」
「はい」
デメトリオさんが体をこちらに向けると、私の両手をそっと包みこんだ。デメトリオさんの手が大きい。あと温かい。あれ? なんか更にドキドキしてきた。手汗かいてないかな? 大丈夫かな?
変に焦る私に、デメトリオさんが申し訳無さそうな顔で、初めのころはおじいちゃんの財産を狙う悪女だと思って、私を監視していたのだと謝ってきた。
なんでそんな疑いを!? と焦っていたら、おじいちゃんが国王陛下だと気付いていないわけがないという前提で見ていたからだと言われて、自分の世間知らずさが恥ずかしくなった。
王城に行ったとき、壁面に飾られていた絵を見た。
前、にはなってしまったけれど、国王陛下の姿絵を見て『あ、おじいちゃんだ』とはなったのだ。国王陛下の姿絵だけは、わりと出回っている。だから、デメトリオさんはまさか気付いていない可能性があるとは思っていなかったのだろう。
「すすすみません……」
おじいちゃんが国王陛下だったなんて気付かなかったのは、絵よりも結構痩せていたこともあるけど、ただ単に私の察しが悪すぎるせいだと思う。
恥ずかしさと申し訳なさで謝っていると、デメトリオさんが顔を上げてくれと言った。
「二人の様子を少し見ていたら、勘違いだとは気付けた。だが、それでも疑うことを止めなかったのは…………」
気まずそうな顔のデメトリオさんの口から、今度は何が飛び出すのか。少し不安な気持ちで彼を見つめた。