1:大好きなおじいちゃん
大好きなおじいちゃんが死んだ――――。
おじいちゃんとは、たまたま王都内にある王立庭園で出会っただけ。
庭園内を散歩していたら、ガゼボで一人チェス盤とにらめっこしているおじいちゃんがいた。
盤面をくるっとひっくり返していて、完全にぼっちチェス。時々ぼーっと風景を見て、またぼっちチェスに戻る。その光景があまりにも淋しそうで、つい近付いて白いポーンを取り、次の一手を打ってしまった。
「むおぉぉっ!? そう来るか! ちょっとそこ座れ!」
急に入ってきた私を邪険にもせず、笑顔で向かい側のベンチを勧めてくれた。
真っ白でふわふわな髪の毛をわしわしとかき混ぜて苦悩し、弱々な一手を返して来たおじいちゃん。口髭を引き上げるようにニカッと笑ってドヤ顔するもんだから、大笑いしてしまった。
「チェックメイト」
「ぬあっ!? いやいや、いや? いやいやいやいや…………あ、無理じゃの?」
「あはははは!」
「くっ……おい、時間はまだあるか?」
おじいちゃんがガゼボの後ろにある茂みに声を掛けると「はい」とだけ返事が返ってきた。
護衛の人かな?
「よし、もう一戦するぞ! 嬢ちゃんは時間は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。受けて立ちます」
私はそこまでチェスが強いわけではないと思っていたけれど、父の相手をしているうちにそこそこ強くなっていたのか、おじいちゃんが弱すぎるのか。ちょっと謎だ。
そんな運命のような出会いの翌週。
庭園にはぼっちチェスするおじいちゃんがいた。そして、目が合った瞬間に手招きされた。
それからは、決まった曜日に庭園のガゼボで待ち合わせして、二時間ほどチェスやおしゃべりをするようになった。
「ワシなぁ、エマちゃんとチェスするの、超楽しいんじゃよね」
にこにこな好々爺の笑顔で、ガゼボのテーブルに両肘をついてそう言うおじいちゃん。
「え、ありがとう」
「じゃから、もうちょい手加減してよくない?」
「意味がわかりませーん」
「エマちゃんのケチ!」
私が使っていた中途半端な平民言葉を、ナチュラルに真似して使うおじいちゃん。かなり地位が高い貴族だと思ってはいた。だって着ている服の質の良さが隠せていないし、ガゼボの陰にこっそり護衛の人たちがいるし。
おじいちゃんと仲良くなって二年が経ち、気付けばガゼボの後ろの茂みにいたはずの黒髪の護衛さんが同席するようになっていた。
騎士さんは、デメトリオさんというらしい。
おじいちゃんと三人でガゼボでお茶を飲みつつ、チェスをする。二人協力体制で挑んでくるけど、今のところボコボコに出来ている。
「こっちじゃろうが!」
「それ、ナイト取られますって」
「とりゃっ!」
デメトリオさんが止めるのも構わず、おじいちゃんがルークで私のポーンを取った。
「あっ、ちょ!」
ナイトを犠牲にしてやる手じゃないのよね。代償が大きすぎて、次の手で何か仕掛けて来るつもりかも? なんて深読みは必要ないレベルで激弱の二人。
二人はおじいちゃんと孫みたいな関係で、見てて面白かった。
他にも何人か護衛さんがいるけど、ガゼボに来るのは決まって黒髪の護衛さん。
「ほら、取られたじゃないですか」
「イケると思ったんじゃがのぉ?」
「っ、あはははは! 二人とも弱すぎるっ!」
「くっ……笑われた」
そうやって楽しい日々を過ごし、春の陽気で眠たいねなんて言って欠伸をしていたときだった。
「ワシ、最近めっちゃ体調悪いのよぉ」
「え……」
意味がわからなくて、デメトリオさんをチラリと見ると、表情は変わらないものの、眉間に皺が寄っていた。
「エマちゃんさぁ、これ持っといて」
ゴホッと嫌な感じの咳をしながら、おじいちゃんが無記名の真っ白な封筒を、ペイッと渡してきた。