第6話 神具(掃除道具)の爆誕と、プロの交渉術
設計図を渡してから、数日が過ぎた。
ダンジョンでの私の日常は、以前と変わらない。日中は中層エリアでキタナギツネを浄化し、魔晶石を稼ぐ。ジルドンからのログインボーナスは、私の食生活を豊かに彩ってくれていた。最近では、彼の趣味なのか、精巧な金属細工の置物まで置かれている始末だ。
(…これ、どうしよう。いや、可愛いけども)
アイテムボックスの肥やしが増えていく。
そんな穏やかな日々が続いていたある朝、私はいつもの場所で、息を呑んだ。
そこに置かれていたのは、いつもの食材や小物ではない。
美しい木目と、頑丈な金属で補強された、巨大な木箱だった。
「来た…!」
私は逸る心を抑え、木箱をアイテムボックスに収納すると、一目散に我が家へと帰還した。
リビングと定めた一番広い空間の中央に、木箱をドン、と置く。深呼吸を一つ。これは、聖なる儀式だ。
バールのようなものを使い、慎重に蓋を開ける。
目に飛び込んできたのは、整然と、しかし、圧倒的な存在感を放って鎮座する、銀色と黒に輝く「神具」たちだった。
「おお……!」
思わず、感嘆の声が漏れた。
まず手に取ったのは、【対・神性カビ用研磨ブラシ】。
設計図通り、柄は魔力伝導率に優れたミスリル製で、驚くほど手に馴染む。そしてブラシ部分。アダマンタイトを極細繊維に加工するという無茶な要求に、ジルドンは完璧に応えていた。一本一本が、星の光を宿したようにキラキラと輝いている。
次に、【空間湾曲式チリトリ】。
昨日私が渡したオリハルコンが、早くも見事なチリトリへと姿を変えていた。縁の部分は、まるでブラックホールのように、周囲の光を静かに吸い込んでいる。これなら、どんな微細なゴミも逃しはしないだろう。
そして、極めつけはメインウェポン、【霊的ホコリ吸着式・浄化スプレー内蔵型マジカルモップ】。
流線形のフォルムは、どこか近未来の兵器を思わせる。グリップ部分にはスプレー噴射用のトリガーまで搭載されていた。完璧だ。完璧すぎる。
「ジルドン…あなた、最高の職人よ…!」
設計図をただなぞるだけじゃない。使い手のことを考え抜いた、職人の魂が細部にまで宿っている。
私は、まだ見ぬドワーフの仕事ぶりに、プロとして最大の敬意を抱いた。
(さて、性能テストと行きますか)
私は早速、神具一式を手に、ダンジョンのさらに深層へと向かった。
そこには、通常の浄化魔法ではびくともしない、瘴気を放つ巨大な黒い苔が壁一面に広がっている。
私はマジカルモップを構え、トリガーを引いた。シュッと噴射された浄化液が、苔に染み込む。そして、アダマンタイトのブラシで、軽く一撫でする。
スルンッ。
あれほど頑固だった瘴気の苔が、まるでベルベットの布を撫でるように、いとも簡単に剥がれ落ち、光の粒子となって消えていった。
「……勝ったな」
私は、勝利を確信した。
これなら、あの神の領域(汚部屋)とも戦える。
私は意気揚々とマイホームに戻ると、女神通信機を起動させた。
画面の向こうで、アストライアがビクッと肩を震わせる。
『あ、アカリ様…!』
「お待たせいたしました、お客様。御見積書が完成しましたので、ご報告にあがりました」
私はアイテムボックスから羊皮紙を取り出し、女神の前に広げてみせる。
「まず、基本清掃料金。広さと汚染レベルを考慮し、魔晶石一万個。次に、特殊汚染物――神性カビ、霊的ヘドロ等の除去費用として、追加で一万個」
『に、にまんこ…!?』
「そして、今回の作業にあたり、特殊装備を開発いたしましたので、その開発費および素材費として、不浄のオリハルコンは全量頂戴いたします」
『ひえっ…!』
アストライアが顔面蒼白になる。だが、私は畳み掛ける。
「さらに、作業員の精神的負担に対する危険手当、いわゆる迷惑料ですね。こちら、神界の秘宝を十個ほど、現物で支給していただきます。もちろん、選ぶのはこちらです」
「最後に、交通費。わたくしの拠点と、あなたの神殿を直接結ぶ、専用の転移ゲートを設置していただきます。もちろん、稼働コストは全額お客様持ちで」
私の要求に、アストライアはわなわなと震え、ついに泣き崩れた。
『う、うう…悪魔! 鬼! あくどい清掃員!』
「ご契約、なさいますか? なさらないのですか?」
私がにっこりと最終確認をすると、彼女は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、ちぎれんばかりに首を縦に振った。
『いたします! 契約いたしますぅ!』
よし、と心の中でガッツポーズを決める。
私は、神々しい輝きを放つ真新しいマジカルモップを片手に、画面の向こうのダメ女神を見据えた。
「では、クライアント様。ご契約、成立です。史上最大の特殊清掃、誠心誠意、務めさせていただきます」
プロの笑みを浮かべる私の背後で、神具たちが静かに、しかし力強く、その出番を待っていた。