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第53話 プロたちの休日と、新たな仕事(プロジェクト)の始まり

 王の大溶鉱炉グランド・フォージでの、あの、静かで、しかし、壮絶だった「大掃除」から、数週間。

 私の聖域である、王立大書庫は、初めて、本当の意味での「来客」で、賑わっていた。


「おい、ジジイ! このゴーレム、どうなってんだ!? 俺がちょっと触ろうとしたら、『権限レベルが足りません』だとよ!」

「…………」


 リオが、カストディアン・ゴーレムの、ピカピカの装甲を叩きながら、文句を言っている。

 その隣で、ジルドンは、リオの言葉など、一切、耳に入っていない様子で、ゴーレムの関節部分の、複雑な機構を、食い入るように、見つめていた。その瞳は、最高の玩具を与えられた、子供のように、キラキラと輝いている。


『師匠! 先日のドワーフの国の一件で、神界での師匠の評価が、また、とんでもないことに! 「概念的修復術師コンセプト・リペアラー」という、新たな称号が贈られました! 迷惑でしたら、わたくしの方で、丁重に、辞退してまいりますが!』


 アストライアが、秘書として、誇らしげに、しかし、私の意向を伺うように、報告してくる。

 私は、そんな彼らの喧騒を、リクライニングチェアから、静かに眺めていた。

 アシスタント・ゴーレムが、そっと、淹れたてのコーヒーを、私のサイドテーブルに置く。ジルドンが、昨日、お礼にと、持ってきてくれた、彼の一族に伝わる、伝説の焙煎機で、淹れたものだ。


(…本当に、騒がしくなりましたね)


 私の、完璧だったはずのソロライフ。

 そこには今、無口な天才職人と、やる気のない新人研修生と、ポンコツだが有能な秘書と、二体の超高性能ゴーレムがいる。

 もはや、「ソロ」とは、一体、何だったのか。


 その時だった。

 ジルドンが、おもむろに、立ち上がると、アーカイビスト・ゴーレムの、精密な指先の関節を、コンコン、と、小さなハンマーで、軽く叩いた。


『警告。未登録ノ外部干渉ヲ検知。即時、中断ヲ要求シマス』


 ゴーレムが、無機質な警告を発する。

 だが、ジルドンは、構わない。彼は、何も言わず、ただ、宙に、魔力で、一枚の、簡易的な設計図を描き出した。

 それは、ゴーレムの指の関節内部にある、魔力伝達効率を、さらに、数パーセント、向上させるための、革新的な構造案だった。


 ゴーレムは、その設計図を、青いモノクルで、数秒間、スキャンする。


『……提案サレタ改良案ノ、論理的優位性ヲ、確認。…受諾シマス。作業ヲ、続行シテクダサイ』

「…………(こくり)」


 ジルドンが、満足げに、一つ、頷く。

 言葉のない、二人の、超絶技巧の職人による、「お仕事」の会話。

 私は、その光景に、思わず、見惚れていた。


 そして、その時、私は、気づいてしまった。

 この、才能の塊たちが、今、この瞬間、全員、手持ち無沙汰である、という、事実に。

 それは、プロとして、あまりにも、非効率的で、リソースの、無駄遣いではないか、と。


 私は、ゆっくりと、立ち上がった。

 そして、私の、初めての「チーム」を、見渡した。


「皆さん。少し、よろしいですか」


 私の、静かな、しかし、有無を言わさぬ声に、その場の全員が、私へと、注目する。


「わたくしの、個人的な聖域は、これで、ほぼ、完璧なものとなりました。ですが、チームとしての『拠点ベース』は、まだ、存在しない。…これは、由々しき問題です」

『し、師匠?』

「ジルドンの技術、リオの固有スキル、ゴーレムたちの労働力、そして、アストライアの管理能力。…これだけの、最高の『資源』が、ここにある。これを、遊ばせておくのは、プロとして、許されません」


 私は、ホログラムを、空間に、投影した。

 そこに映し出されたのは、私の、そして、ジルドンの故郷である、あの『黒泥のダンジョン』の、未踏査領域の、巨大な設計図だった。


「これより、わたくしたちの、新しい『お仕事』を開始します」


 私は、高らかに、宣言した。


「このダンジョンの一角に、我々の、チームのための、究極の『工房ワークショップ』を、建設します。ジルドンのための、最高の炉を。リオの能力を、最大限に引き出す、訓練場を。ゴーレムたちのための、メンテナンス・ドックを。そして、アストライアが、神界と地上を統括するための、完璧な司令室を」


 私の、壮大な計画。

 それは、もはや、誰かから依頼された「仕事」ではない。

 私たちが、私たちの手で、最高の仕事をするための、最高の環境を、創り出すという、究のこく「プロジェクト」。


 リオが、目を輝かせる。

「マジかよ! 俺専用の、訓練場!?」

 アストライアが、感動に打ち震える。

『わたくしたちの…! 新しい、お城…!』

 そして、ジルドンは。

 何も言わず、ただ、その瞳に、これまでで、最も、熱い、職人の炎を、静かに、燃やしていた。


 私は、そんな、頼もしい仲間たちの顔を、見渡す。


(ええ。わたくしのソロライフは、もう、どこにもありません)

(ですが…)


 私は、アシスタントが、そっと差し出してくれた、完璧な温度のコーヒーを、一口、飲む。


(…この、最高のチームで、最高の『お仕事』をする。…それもまた、わたくしが、ずっと、求めていた、完璧な『秩序』の、一つの形、なのかもしれませんね)


 私の、そして、私たちの、新たな物語が、今、始まろうとしていた。

 それは、きっと、これまでで、一番、騒がしくて、一番、面倒で、そして、一番、楽しい「お仕事」になるに、違いなかった。

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