第52話 王の大溶鉱炉(グランド・フォージ)と、世界で一番、静かな仕事
私たちが進む『深き道』は、もはや、ただの道ではなかった。
壁には、古代ドワーフ族の栄光を物語る、壮麗なレリーフが彫られ、道端には、日々の営みを、そのままの姿で石に変えられた、名もなきドワーフたちの像が、静かに佇んでいる。
それは、一つの文明の、巨大な墓標だった。
『師匠…! 前方に、強力な魔力反応! これまでの比ではありません!』
アストライアの、緊迫した声が響く。
道は、巨大な円形の広場へと続いており、その中央には、天を突くほどの、巨大な塔がそびえ立っていた。
【王の大溶鉱炉】。
この都市の、そして、この呪いの、心臓部。
「これより、最終工程に移行します。全員、最大レベルの警戒を」
私の言葉に、チームの仲間たちが、それぞれの持ち場へとつく。
溶鉱炉へと続く、最後の橋。そこには、王冠を戴いた、巨大なドワーフの石像――おそらくは、古代の王族を守護していたであろう、【王宮の石護衛】たちが、ずらりと、立ち塞がっていた。
「リオ。お願いします」
「おうよ。…こいつら、今までのザコとは、格が違うぜ」
リオが、増幅器を構え、その全神経を、一体の石護衛に集中させる。
彼の額から、大粒の汗が流れ落ちる。
「――こじ開けろッ!」
彼の絶叫と共に、石護衛の胸部、その装甲の一点だけが、一瞬、石化を解かれる。
その、わずか、コンマ数秒の好機を、私は、見逃さない。
「アシスタント!」
『御意ニ』
アーカイビスト・ゴーレムの、精密なアームが、開いた穴から、内部の制御核を、的確に、引きずり出す。
そして、私が、その核にこびりついた、呪いの「汚れ」を、ピンポイントで、浄化する。
一連の流れは、もはや、芸術の域に達していた。
石護衛は、その敵意を失い、ただの、壮麗な石像へと戻っていく。
私たちは、その完璧な連携作業を、何度も、何度も、繰り返した。
そして、ついに、大溶鉱炉の、巨大な扉の前へと、たどり着いたのだ。
扉の向こうからは、これまでの比ではない、全てを停滞させる、絶対的な「無」のオーラが、漏れ出していた。
「…リオ。これまでで、最大の仕事です。この扉の、石化を、こじ開けなさい」
「…へっ。任せとけ。俺は、こういう、デカい壁を、黙らせるのだけは、得意なんでね」
リオが、その力の、ほぼ全てを、扉へと叩きつける。
空間が、みしり、と、悲鳴を上げた。
扉を覆っていた、灰色の呪いが、巨大なガラスのように、砕け散る。
そして、カストディアンの剛腕が、その重々しい扉を、ギギギ、と、こじ開けていく。
扉の向こう側にあったのは、神殿のように、荘厳で、巨大な空間だった。
そして、その中央。
鎮座する、巨大な炉。その炉心で、禍々しい灰色の光を放っている、巨大な水晶――【星の心臓】。
水晶の前には、一体の、豪華な装飾の鎧をまとった、ドワーフの亡骸。その両手は、水晶に、固く、置かれていた。
最後のドワーフ王。彼こそが、この呪いの、発生源。
私は、この最後の「現場」を、静かに、見据える。
「…リオ。あなたの仕事は、ここまでです。この部屋全体の、『停滞』の呪いが、外に漏れ出さないよう、概念的な結界を、張ってください」
「…アストライア。王の、最後の瞬間の、思考を、読み取れますか」
『はい、師匠! …彼の心に流れ込んできます…! 終わらない戦争、失われる技術、衰退していく同胞…。彼は、ただ、その全てを、永遠に、美しいまま、留めたかった…! 永遠の、平和を…!』
「…そうでしたか」
私は、静かに、頷いた。
そして、プロとして、最後の「お掃除」を、始める。
それは、破壊ではない。破壊では、この、悲しい王の願いは、救えない。
私は、ケルベロスの、最も、精密な、アタッチメントを展開した。
それは、ジルドンが、私の意図を完璧に汲み取り、作り上げてくれた、【概念調律フォーク】。
私は、その音叉を、禍々しく光る、星の心臓に、そっと、触れさせた。
そして、私の、全ての知識と、経験と、そして、プロとしての矜持を、その音叉に、注ぎ込む。
私が、この水晶に与える、新しい「概念」。
それは、「停滞」ではない。
「――『穏やかな、循環』です」
キィン、と、美しく、澄んだ音が、溶鉱炉全体に響き渡る。
灰色の光が、ゆっくりと、その色を変えていく。
淀み、停滞していた、王の願いが、浄化され、調律されていく。
やがて、星の心臓は、まるで、夜明けの太陽のように、温かく、そして、力強い、黄金の光を、放ち始めた。
その光に、包まれて。
王の亡骸は、満足げな、安らかな表情で、さらさらと、光の塵となって、消えていった。
全ての呪いが、解かれた。
その、静寂の中で。
溶鉱炉の、もう一方の扉が、ゆっくりと、開いた。
そこに立っていたのは、ボロボロになりながらも、その瞳に、変わらぬ職人の炎を宿した、私の、唯一無二のパートナー。
――ジルドン、その人だった。
彼は、何も言わない。
ただ、黄金に輝く、故郷の炉と、私と、そして、私の仲間たちを、見つめていた。
そして、ゆっくりと、私の元へ歩み寄ると、その、無骨で、温かい手を、私の肩に、ぽん、と置いた。
ただ、それだけで、十分だった。
数日後。
私の、聖域である、書庫。
そこに、初めて、私以外の、客人が、お茶を飲んでいた。
ジルドンは、私が淹れた、神界のコーヒーを、静かに、味わっている。
その隣で、リオが、「俺にも、その高い豆、よこせ!」と、騒ぎ、アストライアが、「お客様の前ですよ!」と、彼を窘めている。
ゴーレムたちは、その様子を、静かに、見守っている。
(…私の、ソロライフも、ずいぶんと、騒がしくなったものですね)
私は、その、いびつで、奇妙で、しかし、確かに、そこにある「チーム」の光景を、眺めていた。
そして、ジルドンが、感謝の印として、新たに打ってくれた、完璧な温度のコーヒーを、一口、飲む。
(…ですが)
その、温かくて、少しだけ、賑やかな味に、私は、初めて、心の底から、笑みを浮かべていた。
(…こういうのも、まあ、悪くは、ありませんね)




