表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/54

第52話 王の大溶鉱炉(グランド・フォージ)と、世界で一番、静かな仕事

 私たちが進む『深きディープ・ロード』は、もはや、ただの道ではなかった。

 壁には、古代ドワーフ族の栄光を物語る、壮麗なレリーフが彫られ、道端には、日々の営みを、そのままの姿で石に変えられた、名もなきドワーフたちの像が、静かに佇んでいる。

 それは、一つの文明の、巨大な墓標だった。


『師匠…! 前方に、強力な魔力反応! これまでの比ではありません!』


 アストライアの、緊迫した声が響く。

 道は、巨大な円形の広場へと続いており、その中央には、天を突くほどの、巨大な塔がそびえ立っていた。

【王の大溶鉱炉グランド・フォージ】。

 この都市の、そして、この呪いの、心臓部。


「これより、最終工程ファイナル・フェーズに移行します。全員、最大レベルの警戒を」


 私の言葉に、チームの仲間たちが、それぞれの持ち場へとつく。

 溶鉱炉へと続く、最後の橋。そこには、王冠を戴いた、巨大なドワーフの石像――おそらくは、古代の王族を守護していたであろう、【王宮の石護衛ロイヤル・ストーンガード】たちが、ずらりと、立ち塞がっていた。


「リオ。お願いします」

「おうよ。…こいつら、今までのザコとは、格が違うぜ」


 リオが、増幅器アンプファイアを構え、その全神経を、一体の石護衛に集中させる。

 彼の額から、大粒の汗が流れ落ちる。


「――こじ開けろッ!」


 彼の絶叫と共に、石護衛の胸部、その装甲の一点だけが、一瞬、石化を解かれる。

 その、わずか、コンマ数秒の好機を、私は、見逃さない。


「アシスタント!」

『御意ニ』


 アーカイビスト・ゴーレムの、精密なアームが、開いた穴から、内部の制御核コントロール・コアを、的確に、引きずり出す。

 そして、私が、その核にこびりついた、呪いの「汚れ」を、ピンポイントで、浄化する。

 一連の流れは、もはや、芸術の域に達していた。

 石護衛は、その敵意を失い、ただの、壮麗な石像へと戻っていく。


 私たちは、その完璧な連携作業を、何度も、何度も、繰り返した。

 そして、ついに、大溶鉱炉の、巨大な扉の前へと、たどり着いたのだ。


 扉の向こうからは、これまでの比ではない、全てを停滞させる、絶対的な「無」のオーラが、漏れ出していた。


「…リオ。これまでで、最大の仕事です。この扉の、石化を、こじ開けなさい」

「…へっ。任せとけ。俺は、こういう、デカい壁を、黙らせるのだけは、得意なんでね」


 リオが、その力の、ほぼ全てを、扉へと叩きつける。

 空間が、みしり、と、悲鳴を上げた。

 扉を覆っていた、灰色の呪いが、巨大なガラスのように、砕け散る。

 そして、カストディアンの剛腕が、その重々しい扉を、ギギギ、と、こじ開けていく。


 扉の向こう側にあったのは、神殿のように、荘厳で、巨大な空間だった。

 そして、その中央。

 鎮座する、巨大な炉。その炉心で、禍々しい灰色の光を放っている、巨大な水晶――【星の心臓】。

 水晶の前には、一体の、豪華な装飾の鎧をまとった、ドワーフの亡骸。その両手は、水晶に、固く、置かれていた。

 最後のドワーフ王。彼こそが、この呪いの、発生源。


 私は、この最後の「現場」を、静かに、見据える。


「…リオ。あなたの仕事は、ここまでです。この部屋全体の、『停滞』の呪いが、外に漏れ出さないよう、概念的な結界を、張ってください」

「…アストライア。王の、最後の瞬間の、思考を、読み取れますか」

『はい、師匠! …彼の心に流れ込んできます…! 終わらない戦争、失われる技術、衰退していく同胞…。彼は、ただ、その全てを、永遠に、美しいまま、留めたかった…! 永遠の、平和を…!』

「…そうでしたか」


 私は、静かに、頷いた。

 そして、プロとして、最後の「お掃除」を、始める。

 それは、破壊ではない。破壊では、この、悲しい王の願いは、救えない。


 私は、ケルベロスの、最も、精密な、アタッチメントを展開した。

 それは、ジルドンが、私の意図を完璧に汲み取り、作り上げてくれた、【概念調律コンセプト・チューニングフォーク】。


 私は、その音叉を、禍々しく光る、星の心臓に、そっと、触れさせた。

 そして、私の、全ての知識と、経験と、そして、プロとしての矜持を、その音叉に、注ぎ込む。

 私が、この水晶に与える、新しい「概念」。

 それは、「停滞」ではない。


「――『穏やかな、循環サイクル』です」


 キィン、と、美しく、澄んだ音が、溶鉱炉全体に響き渡る。

 灰色の光が、ゆっくりと、その色を変えていく。

 淀み、停滞していた、王の願いが、浄化され、調律されていく。

 やがて、星の心臓は、まるで、夜明けの太陽のように、温かく、そして、力強い、黄金の光を、放ち始めた。

 その光に、包まれて。

 王の亡骸は、満足げな、安らかな表情で、さらさらと、光の塵となって、消えていった。


 全ての呪いが、解かれた。

 その、静寂の中で。

 溶鉱炉の、もう一方の扉が、ゆっくりと、開いた。

 そこに立っていたのは、ボロボロになりながらも、その瞳に、変わらぬ職人の炎を宿した、私の、唯一無二のパートナー。

 ――ジルドン、その人だった。


 彼は、何も言わない。

 ただ、黄金に輝く、故郷の炉と、私と、そして、私の仲間たちを、見つめていた。

 そして、ゆっくりと、私の元へ歩み寄ると、その、無骨で、温かい手を、私の肩に、ぽん、と置いた。

 ただ、それだけで、十分だった。


 数日後。

 私の、聖域である、書庫。

 そこに、初めて、私以外の、客人が、お茶を飲んでいた。

 ジルドンは、私が淹れた、神界のコーヒーを、静かに、味わっている。

 その隣で、リオが、「俺にも、その高い豆、よこせ!」と、騒ぎ、アストライアが、「お客様の前ですよ!」と、彼を窘めている。

 ゴーレムたちは、その様子を、静かに、見守っている。


(…私の、ソロライフも、ずいぶんと、騒がしくなったものですね)


 私は、その、いびつで、奇妙で、しかし、確かに、そこにある「チーム」の光景を、眺めていた。

 そして、ジルドンが、感謝の印として、新たに打ってくれた、完璧な温度のコーヒーを、一口、飲む。


(…ですが)


 その、温かくて、少しだけ、賑やかな味に、私は、初めて、心の底から、笑みを浮かべていた。


(…こういうのも、まあ、悪くは、ありませんね)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ