第47話 最高のチームと、相棒からのSOS
アストライアの精神世界(悪夢)という、前代未聞の現場での「お掃除」を終えてから、数週間。
私の聖域には、新たな、そして、驚くほど快適な日常が、訪れていた。
「研修生。その古代遺物の、自己修復機能だけを、無効化しなさい。他の機能に、影響を与えずに」
「…うっせえな。分かってるよ、師匠」
私の指示に、リオは、ぶっきらぼうに、しかし、的確に応える。
彼の、全てを「無」に帰す力は、今や、暴走する魔術的現象を「黙らせる」ための、最高のピンポイント鎮静剤となっていた。
彼が、対象の面倒な性質を無効化(黙らせ)し、私が、その内部構造を、完璧に、分析・修復(お掃除)する。
この、いびつで、しかし、究極に効率的な共同作業は、私たちの研究を、飛躍的に進歩させていた。
『マスター。研修生リオノ作業精度、98.2%。誤差、許容範囲内。…評価、Aマイナス』
「前回より、0.3%精度が上がりましたね。ですが、まだ、無駄な魔力の消費が多い。もっと、対象の“概念”の核を、見極めなさい」
「へーへー。善処しまーす」
アシスタント・ゴーレムによる厳格な評価と、私からの追加指導。そして、それに対する、リオの、やる気のない返事。
アストライアからの、三分以内で終わる、的確な業務報告。
全てが、完璧なルーティンとして、回り始めている。
(…まあ、完全に一人、というわけではありませんが)
私は、神界のコーヒーを飲みながら、この、少しだけ騒がしくなった聖域を、静かに見渡す。
(これはこれで、一つの、完成された『システム』なのかもしれませんね)
そんな、穏やかな午後が、破られたのは、本当に、突然のことだった。
それは、私が、日課として、ダンジョンの、ジルドンとの交流地点を訪れた時のこと。
いつものように、そこに置かれていたのは、食材や、便利な道具ではなかった。
一つの、見事な、しかし、明らかに、彼の作品ではない、古代ドワーフ族の、歯車。
そして、その半分が、まるで、病に侵されたかのように、不気味な、灰色の石へと、姿を変えていた。
歯車の横には、一枚の、古びた羊皮紙の地図と、一つの、小さな、石の板。
そこには、彼の、力強い文字で、ただ一言、こう、刻まれていた。
――【助ケテクレ】
「……っ!」
私の、全身の血が、凍り付くような感覚。
これは、ただ事ではない。
あの、寡黙で、誇り高い、私の、唯一無二のパートナーが、初めて、私に、助けを求めてきたのだ。
私は、石化した歯車と、地図を、アイテムボックスに収納すると、全速力で、書庫の分析ラボへと、戻った。
ラボで、石化した歯車を分析した結果は、衝撃的なものだった。
「…これは、ただの石化ではありません。魔力も、生命力も、そして、その物質が持つ、『存在した』という、情報そのものまでもが、完全に、凍結、停止している…。わたくしの浄化も、リオの無効化も、一切を、受け付けない…」
それは、究極の「停滞」という名の、呪い。
私が、呆然と、分析結果を見つめていると、私の背後で、リオが、静かに、口を開いた。
「…そいつは、手強いな。俺の力でも、たぶん、消せねえ」
彼の瞳には、いつもの、面倒くさそうな色ではなく、同じ「プロ」が、未知の脅威を前にした時のような、真剣な光が宿っていた。
私は、すぐに、アストライアへと、緊急通信を入れる。
「アストライア。至急、調べていただきたいことがあります。この地図と、この『石化の呪い』について。神界のデータベースを、全て、検索しなさい」
そして、私は、この聖域にいる、私の、初めての「チーム」へと、向き直った。
女神、新人研修生、そして、古代のゴーレム。
いびつで、奇妙で、しかし、それぞれの分野における、最高のスペシャリストたち。
私は、ホログラムで、ジルドンから託された、広大な地下世界の地図を、投影した。
「皆さん、聞てください。わたくしたちの、大切なパートナーが、今、困っています」
私の声は、いつになく、熱を帯びていた。
「彼の故郷が、この、史上最悪の『汚れ』に、侵されている。…わたくしは、彼を、助けたい」
「これは、コンサルティングではありません。依頼でもない。…わたくしたちの、チームとしての、最初の『仕事』です」
私の宣言に、アストライアが、リオが、そして、ゴーレムが、静かに、しかし、力強く、頷いた。
私は、再び、設計用のタブレットへと、向き直る。
これから始まるのは、光の届かない、未知の地下世界への、大冒険だ。
そして、それは、私のパートナーの誇りを、この手で、取り戻すための、戦いでもある。
「ジルドン。待っていてください」
私は、静かに、しかし、固い決意を込めて、呟いた。
「今、最高の『掃除道具』を、設計して、そちらへ、向かいますから」