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第43話 新人研修(スパルタ式)と、意外な才能

 私の完璧な聖域ライブラリーに、新たな「ノイズ」が加わってから、数週間が経過した。

 そのノイズの発生源――新人研修生リオは、今、私の忠実なるアシスタント【アーカイビスト・ゴーレム】の前で、半泣きになっていた。


『研修生リオ。報告。床面ノ魔力反射率ニ、0.018%ノ拭キ残シヲ検知。…再実行リトライ

「うぅ…! どこだよ、そんなミクロの汚れ! もうピカピカじゃないか!」

『“ピカピカ”ハ、主観的ナ感想デアリ、業務評価ノ基準ニハナラナイ。プロフェッショナルハ、常ニ、客観的ナ数値目標ヲ達成スルベキデアル』

「鬼…! このゴーレム、鬼だ…!」


 ゴーレムが、私が過去にインプットした「プロ清掃員の心得」を、一字一句違えず、淡々と、しかし、一切の容赦なく、リオに叩き込んでいる。

 私は、その様子を、リクライニングチェアから、静かに見守っていた。


(わたくしが直接指導するより、よほど効率的ですね)


 私が口を出せば、どうしても個人的な感情が入ってしまう。だが、論理と規則の塊であるゴーレムならば、彼に、プロの仕事の厳しさを、情け容赦なく、骨の髄まで、教え込んでくれるだろう。


 そんなある日の午後。

 私は、王立大書庫の奥で見つけた、一つの厄介な古代遺物アーティファクトの解析に、少しだけ、手こずっていた。

 それは、美しい水晶の球体だったが、その内部では、常に、幾何学模様が、万華鏡のように、目まぐるしく変化し続けている。その変化が、魔術的なノイズとなり、内部構造の正確なスキャンを妨害していた。


「…困りましたね。構造が安定しないことには、解析のしようがない」


 私が、眉をひそめて、唸っていると。

 休憩を許され、床の隅で体育座りをしていたリオが、ぼそり、と呟いた。


「…あー、それ、ずっとガチャガチャ動いてて、うざいっすよね。…止めちゃえば、いいんじゃないスか?」

「止める? これ自体が、自己完結した魔術的永久機関です。外部からの干渉で、その動きを止めるのは…」


 私の言葉を、彼は、聞いていなかった。

 リオは、億劫そうに、立ち上がると、水晶の球体へと、すっ、と、手をかざした。


「…『動くな』」


 ただ、それだけ。

 彼の指先から、私の目にも見えないほどの、微細な「無」の力が、放たれる。

 それは、水晶そのものを「消す」力ではない。

 水晶が持つ、「変化し続ける」という、性質コンセプトそのものだけを、ピンポイントで、「消去」する力。


 すると、どうだろう。

 あれほど、目まぐるしく変化を続けていた水晶内部の幾何学模様が、ピタリ、と、まるで時間が停止したかのように、静止したのだ。

 魔術的なノイズは、完全に消え失せ、内部構造が、手に取るように、クリアに見える。


『……!』

『な…!?』


 アシスタント・ゴーレムと、通信で様子を見ていたアストライアが、同時に、絶句した。

 私もまた、驚きに、目を見開いていた。

 私が、あらゆる分析魔術や、物理的アプローチで、解決できなかった問題を。

 この、面倒くさがりで、不真面目な研修生が、ただ、一言、「面倒だから」という理由だけで、いとも、簡単に、解決してしまったのだ。


 私は、ゆっくりと、立ち上がった。

 そして、リオの元へと歩み寄り、彼の肩を、ポン、と叩いた。


「…研修生リオ。あなたの、これまでの研修評価は、落第点です」

「ですよね…」


 リオが、しょんぼりと、うなだれる。

 だが、私は、続けた。


「わたくしは、あなたを、わたくしと同じタイプのプロにしようとしていた。それは、間違いでした。あなたのスキルは、『創造』や『構築』ではない。…『削減』と『無効化』に、特化している」


 私は、彼の、驚く顔を見据える。


「明日から、あなたの研修内容を変更します。あなたの仕事は、床を磨くことではありません。『事前処理プレ・クリーニング』です」

「…ぷれ、くりーにんぐ?」

「ええ。わたくしが『お掃除』をする前に、現場にある、面倒な『ギミック』や『状態変化』を、あなたの力で、無効化し、安定させる。…いわば、わたくしが、最高のパフォーマンスを発揮するための、下地作りです」


 私は、彼に、一枚の、魔術的なカードを手渡した。

 それは、触れるたびに、絵柄がランダムに変化し続ける、厄介な代物だ。


「まずは、そのカードの、『変化し続ける』という、余計な機能を、カード本体を傷つけることなく、消去してみてください。…それが、あなたの、新しい初仕事です」


 リオは、戸惑いながらも、そのカードを、真剣な目で見つめ始めた。

 彼の、退屈で、無気力だった瞳に、初めて、明確な「目標」という名の光が、灯った瞬間だった。


 私は、そんな彼に、背を向けながら、静かに、告げる。


「…あなたのやり方は、手抜きで、非効率で、哲学的には、到底、受け入れられません」

「……」

「ですが、特定の作業における、『ツール』としての有用性は、認めましょう。…今日の仕事ぶりは、及第点です。研修生」


 私の、最大限の、そして、不器用な賛辞。

 それに、彼が、どんな顔をしていたのか。

 それを、わたくしは、まだ、振り返って、見ることはできなかった。

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