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第42話 究極の清掃(デザイン)と、新人の初仕事

 私の「創造的清掃」は、続いた。

 それは、もはや、ただの世界の修復ではない。私の頭の中にある、完璧な設計図に基づいた、全く新しい世界の「デザイン」だった。


「アシスタント。この区画の地質データを参照。傾斜角7.3度、保水率45%の丘陵を、ここに生成します。生態系は、夜光苔と、それを糧にする夢見蝶が中心となる、安定した循環システムを構築してください」

『御意ニ、マスター。概念創造スプレーの散布パターンを、最適化シマス』


 私の指示を受け、相棒の【ケルベロス】が、虹色の霧を、虚無のキャンバスへと、芸術的に噴射していく。

 黒い無の上に、まず、なだらかな緑の丘が生まれた。

 次に、その丘に、柔らかな光を放つ苔が、じわりと根付く。

 そして、その苔の光に誘われるように、はねがきらきらと輝く、美しい蝶たちが、どこからともなく、舞い始めた。


 その光景を、世界のどこかで見ているであろう、青年の反応が、私には手に取るように分かった。

 苛立ち、焦り、そして、混乱。

 彼の「消す」という、単純で、絶対的な力。それが、私の、あまりに複雑で、緻密で、そして、圧倒的に「創造的」な力の前に、為す術もなく、上書きされていく。

 彼が、虚無の領域を、必死に広げようとする。

 だが、私が創り出した、完璧な生態系は、強い生命力と、安定した魔力循環によって、その侵食に、力強く、抵抗する。


 やがて、彼の抵抗は、完全に、止んだ。


 静かになった世界の中心に、私は、ケルベロスを進ませる。

 そこには、力なく、うなだれる、あの青年がいた。

 彼は、自分が生み出した「無」が、自分では到底創り得ない、美しい「何か」で満たされていく光景を、ただ、呆然と、見つめていた。


『…なんで…』


 か細い声が、聞こえた。


『なんで、そんな面倒なことをするんだ…。どうせ、これも、いつかは汚れて、壊れて、ゴミになるだけなのに…。だったら、最初から、何もない方が、ずっと、楽じゃないか…』


 彼の言葉に、私は、ケルベロスのコクピットから、静かに降り立った。


「ええ。楽でしょうね」


 私は、彼の哲学を、一度は、肯定する。


「ですが、プロの仕事は、『楽』かどうかでは、ありません。『正しい』かどうか、です。完璧な空間とは、永遠に汚れない、静的な空間のことではない。汚れることを前提とし、その上で、維持管理メンテナンスが容易なように、完璧に設計された、動的なシステムのことです」


 私は、彼の足元に、一本の、美しい花が咲いているのを、指し示した。


「あなたの言う『何もない』は、清潔なのではなく、ただの『死』です。そこには、何の生命も、何の機能も、何の未来もない。…プロとして、これ以上の、怠慢と手抜きを、わたくしは知りません」


 私の言葉に、青年は、何も言い返せなかった。

 彼は、ただ、敗北した。力ではなく、哲学で。流儀で。仕事への、矜持で。


 彼は、私が、彼自身を「消す」のだと思ったのだろう。その肩が、小さく震えている。

 だが、私は、アイテムボックスから、一本の、真新しいモップを取り出すと、それを、彼に、無言で、差し出した。


「え…?」


 青年が、困惑した顔で、私を見上げる。


「わたくしの仕事は、世界の再デザインまで。ですが、ご覧なさい。わたくしが創り上げた、この完璧な世界にも、まだ、細かな『汚れ』――あなたの虚無の、消しカスが、たくさん残っている」


 私は、プロとして、最高の、そして、最も厳しい処方箋を、彼に与える。


「ご自分の出したゴミは、ご自分で、片付けていただきます」

「…それが、この世界の、そして、プロの現場の、最低限のルールですので」


 数週間後。

 私の聖域である、王立大書庫の一角。

 そこには、見慣れない光景が広がっていた。


 一人の青年――私が、リオ、と名付けた彼は、真新しい作業着を着て、アーカイビスト・ゴーレムの前で、直立不動の姿勢を取っていた。


『研修生リオ。復唱。清掃業務ニオケル、基本三原則ハ?』

「…安全、確認。整理、整頓。…あと、報告、連絡、相談…です」

『声ガ小サイ。ソシテ、手元ノ雑巾ノ絞リ方ガ、全ク、ナッテイナイ。最適含水率ヲ、一度デ出セルヨウニナルマデ、繰リ返セ』

「うぅ……」


 ゴーレムの、容赦ない、しかし、的確な指導に、リオは、泣きそうな顔で、雑巾を握りしめている。

 その様子を、通信画面の向こうで、アストライアが、腹を抱えて笑っていた。


 私は、そんな騒がしい(?)新人研修の様子を、お気に入りのリクライニングチェアから、静かに見守っていた。

 アシスタントが淹れてくれた、天上のコーヒーの、豊かな香りを楽しみながら。


(…少し、騒がしくなりましたね)


 だが、まあ、いいだろう。

 後進の、その、あまりにだらしない仕事の流儀を、一から叩き直し、プロとして育て上げる。

 それもまた、この世界における、わたくしの、新しい「お仕事」なのかもしれないのだから。

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