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第25話 秩序を巡る闘議(コンペティション)と、最高の助手(アシスタント)

 王立大書庫の一角が、にわかに静かな闘技場と化した。

 私と【古文書の番人アーカイビスト・ゴーレム】は、最も混沌とした状態の区画を半分に分け、それぞれの流儀で、どちらがより優れた「秩序」を創り出せるか、という競争を始めたのだ。


 アストライアが、どこからか持ってきた小さなゴングを、おそるおそる鳴らす。


『え、えーと…では、業務改善コンペ、開始スタート!』


 その合図と共に、二つの異なる「お仕事」が始まった。


 ゴーレムの動きは、重々しく、厳格で、そして、恐ろしく非効率だった。

 まず、床に落ちた一本の巻物を拾い上げる。そして、その材質、年代、インクの種類を、内蔵された機能で分析。次に、腕からカシャリと取り出した、分厚い『書庫管理規定集・第78巻』を参照し始める。


『…材質、ヒツジ皮紙。年代、神代第三期。…規定集ニヨレバ、第千二百三十八番書架、下カラ四段目ノ、左カラ九番目ニ配架スルコトガ推奨サレル。…ダガ、インクニ魔術的属性ガ含マレル場合ハ、例外規定ニ従イ…』


 一つの巻物を片付けるのに、一体どれだけの時間がかかるのか。

 その姿は、あまりにルールに縛られ、本質を見失った、哀れな中間管理職のようだった。


 一方、私の仕事は、静かで、そして、圧倒的に速かった。

【概念的整理整頓補助アーム】が、区画全体の書物を一括でスキャン。私の手元の魔法の石板には、全てのデータが瞬時に表示され、データベースが構築されていく。


「まず、大分類を『魔術』『歴史』『その他』に。次に、中分類として、魔術は『属性別』、歴史は『年代別』に。そして、小分類…」


 私は、指先一つで、数万冊の書物の最適な配置を、仮想空間上でシミュレートしていく。物理的には、一冊の本にも触れていない。


「…システム構築、完了。実配架、実行エンター


 私がそう命じると、補助アームが青い光を放ち、区画内の全ての書物が、意思を持ったように、一斉に、あるべき棚へと、吸い込まれるように飛んでいった。

 それは、まるで、美しい光のオーケストラ。

 数万冊の本が、わずか数分で、完璧な秩序の下に、整然と並べられていく。仕上げに、ケルベロスから射出した小型ドローンが、棚のホコリ一つ残さず、静かに清掃を完了させた。


 作業を終えた私が、ふと隣の区画を見ると、ゴーレムは、まだ、たった三冊の巻物を片付けただけで、次の巻物を手に、規定集とにらめっこをしていた。


 その、あまりにも絶対的な効率の差。

 やがて、ゴーレムは、ピタリ、と動きを止めた。

 その水晶のモノクルが、自分の区画の惨状と、私の区画の完璧な秩序とを、何度も、何度も、往復する。

 彼の体から、ウィーン、とプロセッサが過熱するような音が聞こえる。


 そして、ついに。

 ゴーレムは、手に持っていた規定集を、ことり、と床に置いた。

 彼は、ゆっくりと私の前に歩み寄ると、その巨大な石の体を折り曲げ、深く、深く、頭を垂れた。


『……解析、完了。……当機ノ、システム効率、1.3%。…対シテ、挑戦者ノ、システム効率、98.9%』


 その声に、もはや敵意はない。ただ、純粋な、論理的な結論だけが、静かに響いた。


『…結果ハ、絶対デアル。…これより、当書庫ノ管理権限ヲ、最高責任者マスター・アーキビスト・アカリに、完全ニ、委譲スル。…我ハ、助手アシスタントトシテ、新タナ秩序ニ貢献シヨウ』


 私は、その言葉に、ただ静かに頷いた。

「ええ。賢明な判断です、アシスタント」


 さらに数週間後。

 王立大書庫の「古代技術書庫」は、私の手によって、完璧な聖域へと生まれ変わっていた。

 私は、ジルドンに新たに作らせた【全自動お茶汲み機能付き・魔導リクライニングチェア】に身を沈め、静かな読書に没頭していた。


 ふと、顔を上げる。

「アシスタント。例の、『古代洗浄ドローン』に関する資料を」

『御意ニ、マスター』


 私の言葉に、ゴーレムが、静かに、しかし素早く、書庫の奥から目的の文献を持ってきて、私の手元に恭しく差し出す。

 彼はいまや、私の思考を先読みする、最高の助手となっていた。


 そこへ、女神通信機が起動する。


『師匠ー! お元気ですかー! って、えええ!? なんであの石頭ゴーレムが、師匠にお茶を運んでるんですか!?』

「彼は、わたくしの助手ですから。当然です」


 私がこともなげに言うと、アストライアは「ど、どういうことですかー!?」とパニックになっている。


 私は、そんな彼女の声をBGMに、アシスタントが淹れてくれた完璧な温度のハーブティーを一口飲んだ。

 史上最悪の面倒な現場は、結果として、史上最高の研究環境と、最も有能で、最も静かな助手をもたらしてくれた。


(…まあ、悪くない取引、でしたね)


 私は、心からの満足と共に、再び、古代の叡智の海へと、意識を沈めていった。

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