第24話 神具(ニューアイテム)と、秩序のハッキング
数日後。
私は、再び王立大書庫の、あの忌まわしき黒曜石の扉の前に立っていた。
私の後ろには、心配そうな顔の秘書が控えている。
『師匠…本当に、大丈夫なのですか? あの書庫、どうも性格が悪いようですが…』
「ええ、問題ありません。最高の道具を、用意してきましたから」
私の言葉を証明するように、扉の横の石像――【古文書の番人】が、重々しく動き出した。
『規則違反者、アカリ。再来ヲ確認。当書庫ノ秩序ヲ乱ス行為ハ、断固トシテ、認可シナイ』
「その、時代遅れの秩序とやらは、今日限りでアップデートして差し上げますよ」
私はゴーレムを無視し、書庫の内部へと足を踏み入れた。
早速、お出迎えだ。
私が昨日綺麗にしたばかりの机に、天井から、またしてもインク瓶が落下してくる。
「予測通りですね」
私が呟くと同時、私の腕から、シュルリ、と一枚の布が飛び出した。ジルドン謹製の新作、【対・魔術的インク用・超吸収ステルスクロス】だ。
それは、まるで生きているかのように、落下するインクを、一滴たりとも床に届かせることなく、空中で完璧に吸収。そして、布の内部で、インクを無害な光の粒子へと中和分解してしまった。
『ナッ…!?』
ゴーレムの水晶のモノクルが、驚きにカッと見開かれる。
私は、そんな彼には目もくれず、次の現場へと向かう。
昨日、私を苛立たせた、散らかった巻物の山。私がこれを片付ければ、また棚が中身をぶちまけるのだろう。
「ですが、もうあなたの思い通りにはさせません」
私は、背中に背負っていた、機械的なアームを展開する。これもジルドン作の、【概念的整理整頓補助アーム】だ。
物理的に本を動かすのではない。アームの先端から、青白いグリッド状の光が、巻物の山全体をスキャンしていく。私の手元の魔法の石板に、全ての巻物のデータが表示される。私は、その画面上で、指先一つで、全ての巻物を完璧な順番に並べ替えていく。
「…実行」
私が呟くと、アームが、棚そのものに直接、概念的な「整理命令」をハッキング。
すると、どうだろう。
巻物の山が、ひとりでに、超高速で、設計通りの棚へと、吸い込まれるように収納されていった。
棚は、ガタガタと抵抗しようとするが、より上位の「秩序」の命令には逆らえず、ついには沈黙した。
『システムガ…直接、書キ換エラレタ…!? バカナ…ソンナ権限ハ…』
ゴーレムの声が、明らかに狼狽えている。
私は、最後に、あの騒音を立てる魔導書を手に取り、静かに椅子に座った。
案の定、ページが、バサバサと暴れ始める。
私は、すっと耳に、ヘッドフォンを装着した。【反響定位式ノイズキャンセリング・ヘッドフォン】。
瞬間、世界から、音が消えた。
このヘッドフォンは、周囲の音を遮断するだけではない。騒音の周波数を分析し、それを打ち消す逆位相の静寂の波を生成する、攻めの静寂機能付きだ。
本のページがどれだけ暴れても、私の周りは、深海のような静けさに満ちている。
全てのトラップを、完璧に無力化。
私は、本を閉じると、静かに立ち上がり、混乱してショート寸前のゴーレムへと向き直った。
「どうです? これが、わたくしの仕事です」
『…理解不能。…理解不能。…秩序ガ、秩序ニヨッテ、破ラレテイル…。論理矛盾…。システムエラー…』
ゴーレムの青いモノクルが、赤く点滅し始める。
私は、そんな彼に、一枚の汚れた羊皮紙を突きつけた。
「あなたの言う『秩序』は、ただの、非効率で、独り善がりな、過去の遺物。プロの仕事とは言えません」
『シ、システムハ…絶対デアル…』
「では、証明しましょうか」
私は、書庫の一角、最も混沌としたエリアを指し示した。
「あの区画を、あなたとわたくし、同時に整理整頓する。あなたは、あなたの古臭い規則で。わたくしは、わたくしの最新の流儀で」
私の目は、もはやただの清掃員ではない。
旧式のシステムを、最新のそれで駆逐し、最適化しようとする、冷徹なコンサルタントの目をしていた。
「どちらの『秩序』が、より速く、より美しく、より機能的か。…白黒、はっきりつけましょうじゃないですか。これは、戦いではありません。いわば、業務改善コンペです」
私の挑戦的な提案に、論理で動くゴーレムは、反論できない。
彼の赤い点滅が、やがて、一つの答えを導き出すように、ゆっくりと、しかし力強い、青い光へと変わっていった。
『…ソノ、コンペ…トやラ、受諾…スル』