第21話 究極の共同作業(タッグワーク)と、プロの幕引き
制御室に、心地よい作業音だけが響き渡る。
私の操る【ケルベロス】が、床や壁の細かな汚染を精密に除去していく。そして、その横では、再起動した番人――お掃除ゴーレム『カストディアン』が、その巨体に似合わぬ器用さで、瓦礫の撤去や、大型機械の洗浄といった力仕事を担当していく。
言葉はいらない。
アイコンタクトすらない。
だが、私とカストディアンの間には、完璧な連携が成立していた。
私がヘドロを分解剤で溶かせば、カストディアンがそれを巨大なバキュームアームで吸い上げる。カストディアンが重い残骸を持ち上げれば、私がその下の、何百年も光を浴びていない床を磨き上げる。
それは、二人の熟練した職人による、究極の共同作業だった。
後方でその様子を中継スクリーンで見ていたアストライアが、興奮気味に実況している。
『見てください、騎士団長殿! グレンダル殿! 師匠とカストディアン様の、阿吽の呼吸! 師匠が繊細な仕上げを担当し、カストディアン様がパワーでそれを補佐する! これこそが、汚れを知り尽くしたプロ同士にしか成し得ない、至高の連携術なのです!』
彼女の解説に、二人がどんな顔をしていたかは知らない。だが、きっと、また一つ、彼らの常識が破壊されたことだろう。
私とカストディアンの、あまりに効率的な共同作業により、工場の浄化は、驚異的なスピードで進んでいった。
そして、ついに我々は、全ての汚染の根源である、工場の最深部――暴走した『魔力炉心』の前へとたどり着いた。
紫色の瘴気を放ち、不安定に明滅を繰り返す巨大なクリスタル。これが、全ての元凶だ。
「最後の仕事よ、カストディアン」
『了解…シマス。マスター』
いつの間にか、ゴーレムは私のことを「マスター」と認識しているらしい。悪くない。
「炉心の暴走を、完全に停止させる。あなたは、炉心の物理的安定を。私は、内部汚染の浄化を担当する」
『御意ニ』
カストディアンが、その巨大な腕で、振動する炉心をがっしりと固定する。
私はケルベロスから降りると、神具の一つ、【極細ノズル付き・ピンポイント浄化スプレー】を手に、炉心のメンテナンスハッチを開いた。
内部は、魔力のヘドロと、結晶化した不純物で、見るも無残な状態だった。
私は、集中力を極限まで高め、一本、また一本と、汚染された魔力伝達ケーブルを、丁寧に浄化していく。それは、外科医が行う、心臓手術にも似た、繊細で、一瞬のミスも許されない作業だった。
そして――。
最後のケーブルの浄化を終えた瞬間。
炉心から放たれていた禍々しい紫の光が、ふっ、と消え、穏やかで清浄な青い光へと変わった。
工場全体を覆っていた、重く、よどんだ空気が、完全に澄み渡っていく。
新しく磨かれた窓ガラスから、何百年ぶりかの太陽の光が、聖なる光のように、工場内部へと差し込んだ。
「……作業、完了」
私とカストディアンは、静かになった工場から、外へと出た。
そこには、騎士団長とグレンダルが、呆然とした表情で立ち尽くしていた。彼らの頭上には、一点の曇りもない、青い空が広がっている。
やがて、騎士団長が、我に返ったように、私の前に進み出た。そして、カツン、と音を立てて敬礼すると、深く、深く、頭を下げた。
「コンサルタント・アカリ殿。…いや、アカリ様。ルミナ王国騎士団を代表し、心より感謝申し上げる。あなたは、我々が成し得なかった、この国の救済という奇跡を、成し遂げられた」
それは、ただの形式的な感謝ではなかった。一人の武人が、自分を遥かに超える「プロ」に対して捧げる、最大の敬意だった。
隣では、グレンダルが、興奮で顔を紅潮させている。
「信じられん…! 呪詛を、穢れを、破壊ではなく『分解』と『修復』で解決するなど…! アカリ殿、どうか、どうかその知識の一端を、我々ギルドにも…! あなたの弟子にしていただきたい!」
「お断りします」
私は、即答した。弟子は、ポンコツな女神一人で、もう十分だ。
私は、彼らの称賛には興味がないとばかりに、アストライアに目配せする。
彼女は「はい、師匠!」と、待ってましたとばかりに、一枚の羊皮紙を、いつの間にか到着していた王国の財務大臣らしき人物に、恭しく突きつけた。
『こちらが、今回の特殊清掃業務に関する、最終請求書になります。基本料金、危険手当、特殊機材使用料、先日ご承諾いただいた迷惑料、そして、大成功ボーナスを含んだ金額です。ご確認の上、速やかなお支払いを』
請求書を見た財務大臣が、小さく悲鳴を上げて卒倒しかけたが、私の知ったことではない。
私は、騒がしくなってきた現場に嫌気がさし、アストライアにだけ聞こえるように、小さく呟いた。
「…帰りますよ」
人々が、浄化された工場の後処理や、請求書の金額に気を取られている隙に、私たちは、そっとプライベートゲートへと向かう。
ダンジョンの、ひんやりとした、静かな我が家へ帰還した私は、全ての装備を解除すると、愛用のリクライニングチェアに、倒れ込むように身を沈めた。
「はぁ〜〜〜……疲れた…」
アイテムボックスから、キンキンに冷えた神界の炭酸飲料を取り出し、一気に煽る。喉を通り過ぎる、甘くて、心地よい刺激。
(やっぱり、家が一番だわ…)
外の世界は、騒がしくて、面倒くさい人間ばかりだ。
でも、やり遂げた仕事の達成感と、口座に振り込まれる莫大な報酬は、悪くない。
「さてと。アニメの続き、どこからだったかな…」
私は、追憶の水晶板のスイッチを入れる。
私の完璧なソロライフが、再び、始まる。
次に、面倒な依頼が舞い込んでくる、その時までは。