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第19話 プロへの敬意と、秘書(女神)の暗躍

 翌朝、私が現場に到着すると、そこには昨日とは全く違う空気が流れていた。

 呪われた霧が晴れたエリアは、降り積もった黒い塵ひとつなく、綺麗に掃き清められている。騎士団が、私の指示通り、完璧に「ゴミ収集」を完了させたのだ。


「…時間通りですね、コンサルタント殿」


 私に気づいた騎士団長が、自ら歩み寄ってきた。その硬質な表情に、昨日までの侮蔑の色はない。代わりに宿っているのは、プロが、自分以上のプロに向けた、純粋な敬意だった。


「指示通り、廃棄物の処理は完了した。本日の作戦区域の封鎖も、すでに完了している。いつでも開始できる」

「結構です。効率的な仕事は、評価します」


 私の言葉に、騎士団長は、ほんのわずかに口元を緩めたように見えた。

 一方、魔術師長グレンダルは、昨日までの傲慢な態度から一転、学術的な好奇心の塊と化していた。


「アカリ殿! 単刀直入に伺いたい! あなたが使用したあの中和剤、その化学式と魔術的組成はどうなっている!? あの霧の呪詛構造を、いかにして分子レベルで分解し、不活性な炭素塵へと変えたのだ!? これは、我がギルドの叡智の根幹を揺るがす、世紀の大発見だぞ!」


 早口でまくし立ててくるグレンダル。その目は、子供のようにキラキラと輝いている。

 私は、彼の質問には答えず、ただ静かに言った。


「企業秘密です。魔術師長殿は、ご自分の持ち場へ。風の制御、本日も頼みますよ」


 私がバッサリと切り捨てると、グレンダルは「ぐぬぬ…!」と悔しそうな顔をしたが、大人しく風魔法の準備へと戻っていった。


 こうして、浄化作業は、驚くほどスムーズな連携作業へと変わっていった。

 私が前線で霧を浄化し、魔術師たちが風でそれをサポートし、騎士団が後方で警備と清掃を行う。その全てを、秘書であるアストライアが、魔法の石板を片手に駆け回り、取り仕切っていく。


『騎士団長殿! 師匠より伝言です! 次のエリアのスモッグ・ビーストは粘着性が高いとのこと! 収集の際は、高圧水流での洗浄を推奨、とのことです!』

「うむ、承知した!」

『グレンダル殿! 風速が0.2ノット低下しております! 師匠の作業効率に影響が出ますので、速やかに軌道修正を!』

「わ、分かっておるわ! この私に指図するな!」


 いつの間にか、アストライアは、私の代弁者として、現場の第二指揮官のようなポジションに収まっていた。その姿は、少しだけ頼もしく…いや、やっぱり、かなり偉そうだ。


 そんな日々が数日続いたある日。

 我々はついに、汚染の発生源である、巨大な廃工場の前へとたどり着いた。

 そこは、錆びついた歯車と、不気味に静まり返った機械たちが眠る、まさにダンジョンそのものだった。工場の中心からは、これまでの比ではない、濃密で邪悪な瘴気が漏れ出している。


「これより、作戦は第二段階フェーズツーに移行します。目標は、工場内部の完全除染」


 私は、目の前の新たな「現場」を冷静に分析する。

 霧は晴らせたが、内部には、固形化したヘドロや、機械にこびりついた強固な油汚れ、そして、より強力なスモッグ・ビーストが待ち構えているだろう。噴霧器だけでは、対応しきれない。


 だが、もちろん、それも想定済みだ。

 私はアストライアに目配せする。


「秘書、例のものを」

『はい、師匠! 我がサプライヤーに、緊急発注をかけておきました!』


 アストライアが指を鳴らすと、私たちの背後に設置されたプライベートゲートが、眩い光を放った。

 ゲートから、ゆっくりと姿を現す、新たな「神具」。

 それは、もはや「道具」と呼べる代物ではなかった。

 頑強な無限軌道キャタピラの上に、三つの異なる機能を持つアームを備えた、小型の戦闘車両。さながら、小さな要塞だ。


「な、なんだ、あの魔導兵器は…!?」


 騎士団長が、驚愕の声を上げる。

 私は、その無骨で、しかし、機能美に溢れた愛機に、そっと手を触れた。冷たい金属の感触が、心地よい。


「これは、兵器ではありません。お掃除用の、多目的作業車です」


 私が設計し、ジルドンが魂を込めて作り上げた、究極の掃除マシーン。

 液体汚染用の高圧洗浄ノズル。固体廃棄物用の空間圧縮式バキュームアーム。そして、仕上げの研磨用ポリッシャー。三つの頭を持つ、地獄の番犬。

 その名も、【ケルベロス】。


 私はケルベロスの操縦席に乗り込むと、目の前の、闇が口を開ける廃工場の入り口を見据えた。


「これより、内部のディープ・クリーニングを開始します。――邪魔する汚れは、すべて排除します」


 私の言葉を合図に、ケルベロスは、重々しい駆動音を立てて、ゆっくりと、しかし確実に、呪われたダンジョンへと、その一歩を踏み出した。

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