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第17話 現場事務所(聖域)の設営と、汚れ(サンプル)の分析

 謁見の間に、張り詰めた沈黙が落ちる。

 私の不遜な要求に、騎士団長と魔術師長グレンダルは、怒りで顔を微かに引きつらせていた。彼らのプライドが、目の前の「掃除屋」によって踏みにじられたのだ。

 全ての視線が、玉座の王へと集まる。


 やがて、王アリストテール三世は、その疲れた顔に、初めて興味深そうな笑みを浮かべた。


「…よかろう」


 その一言は、静かだったが、絶対的な決定権を持っていた。


「そなたの要求を全て許可する。これは王命である。特級コンサルタント、アカリ殿に、本件に関する全権を委任する。騎士団、魔術師ギルドは、彼女の指示に全面的に協力せよ。以上だ」

『はっ!』


 騎士団長は、不満を微塵も見せず、完璧な礼と共に承諾した。グレンダルは、屈辱に唇を噛みながらも、王命には逆らえず、無言で頭を下げる。


「では、早速ですが、現場事務所フィールドオフィスの設営場所を決めさせていただきます」


 私は間髪入れずに、用意していた王都の地図を広げた。そして、一本の指で、ある場所を指し示す。

 それは、呪われた霧が立ち込める工業地帯の、まさに境界線上にある、一軒の寂れた倉庫だった。


「ここで結構です」

『なっ…! そのような廃倉庫を事務所に!? 城に部屋を用意させよう!』


 アストライアが慌てて言うが、私は首を横に振る。


「現場から近いのが一番効率的です。それに――」


 私は、せせら笑うグレンダルを一瞥した。


「――わたくしの仕事ぶりをお見せするには、ここが最適かと」


 半日後。

 騎士団長とグレンダルは、信じがたい光景を目の当たりにしていた。

 ホコリとクモの巣にまみれ、廃墟同然だった倉庫が、チリ一つない、機能的でミニマルなオフィスへと完璧に生まれ変わっていたのだ。

 私が持ち込んだ神具を使ったわけではない。ただ、市販の道具と、私の技術だけで、半日とかからずこの空間を創り上げた。それは、彼らの知るどんな魔法よりも、地味で、しかし、実直な「奇跡」だった。


「さて、これで仕事ができます」


 私が設置したばかりのデスクでハーブティーを飲んでいると、騎士団が、厳重に結界が張られた檻を運び込んできた。

 中には、黒いススと粘液でできたような、不定形の魔物『スモッグ・ビースト』が、不気味に蠢いている。同時に、霧のサンプルと、汚染された壁片も届けられた。


『ひゃっ! なんておぞましい…!』


 アストライアが顔を青くするのを尻目に、私は白衣に着替えると、倉庫の一角に即席で作り上げた分析ラボへと向かった。


「では、これより『汚れ』の成分分析を開始します」


 私は、神業的な手つきで、スモッグ・ビーストの体組織を微量だけ採取する。そして、それをジルドン謹製の【魔力顕微鏡】のプレートに乗せた。

 レンズを覗き込むと、その構造がはっきりと見えた。


「…なるほど。これは生物じゃない」

『え?』

「魔力に汚染された、ただのホコリと化学物質の集合体。いわば、悪意を持ったホコリのダストバニーね。呪詛は、これらを繋ぎ止める接着剤バインダーの役割を果たしているだけ」


 私は次に、霧のサンプルを【魔力分光器】にかけ、汚染された壁片を様々な試薬(特殊洗剤)に浸していく。

 数十分後、私は全ての分析を終えた。


「結論が出ました」


 私は、倉庫で待たせていた騎士団長とグレンダルを呼びつける。彼らは、驚くほど清潔で整然としたオフィスに、戸惑いを隠せない様子だった。


「ご苦労様です。まず、あなた方のこれまでのアプローチは、根本的に間違っていました」


 私は、前置きなしに、プロとして事実を告げる。


「この現象は、呪いではありません。古代の魔導工場から漏れ出した、複数の廃棄物が、大気中の魔力と化学反応を起こしている、極めて大規模な『産業汚染』です。あなた方は、病気の原因ではなく、症状だけを叩いていたに過ぎません。汚れを剣で斬ったり、聖水で清めたりする人はいませんよね? それと同じです」


 私の淡々とした説明に、二人は言葉を失う。彼らが何ヶ月もかけて解明できなかった現象の正体を、この「掃除屋」は、たった数時間で丸裸にしてみせたのだ。


「分析に基づき、原因物質を中和・分解する、特殊な中和剤を調合しました。明日より、浄化作業の第一段階フェーズワンを開始します」


 私は、彼らに一枚の羊皮紙を手渡した。それは、依頼書でも、嘆願書でもない。プロが、下請け業者に渡す、「作業指示書」だった。


 そこにはこう書かれていた。

「一、明朝、騎士団は作業エリアの周囲五十メートルを完全封鎖。ただし、作業員わたくしへの接触は厳禁とす」

「一、魔術師ギルドは、中和剤の散布効果を高めるため、風向きを制御する風魔法を準備。ただし、余計な浄化魔法の行使は、予測不能な化学反応を誘発する恐Kがあるため、固く禁ず」


 指示書を受け取った騎士団長とグレンダルは、呆然と立ち尽くす。

 自分たちが、この小柄な異世界の女の、巨大な清掃計画の、ただの一つの歯車として組み込まれたことを、彼らは、まだ理解できずにいた。

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