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第14話 浄化不能(プロへの挑戦状)と、最高の報酬(オタクへのご褒美)

 画面の向こうで、アストライアは一度、ごくりと喉を鳴らした。そして、意を決したように、練習してきたであろう台詞をスラスラと述べ始めた。


『はい、師匠。実は、地上にある『ルミナ王国』という国から、神殿に正式な救済要請が届いております。王都の一部が、原因不明の『呪われた霧』に覆われ、浄化が追いつかず、民が苦しんでいる、と…』

「はあ」

『そこで、神の御名において、最高の浄化の専門家を派遣せよ、との強い要請がありまして…。つきましては、わたくしの最も信頼する一番弟子であるアカリ師匠に、神名指名でのご出張を賜りたく…』

「結構です。却下します」


 私の即答に、アストライアの言葉がピタリと止まった。


『え…?』

「ですので、その依頼、お断りします、と言っているんです」


 私は、指を折りながら、断る理由を理路整然と並べ立てた。


「第一に、わたくしは組織というものが嫌いです。王国の騎士団だの宮廷魔術師だの、報告だの会議だの、考えただけで効率が悪すぎる。第二に、私の今の生活は完璧です。不自由は何一つない。この聖域を離れる理由がありません。そして第三に、これが最も重要ですが――」


 私は、きっぱりと言い放った。


「――めちゃくちゃ、面倒くさい」


『そ、そんな…! 人助けですよ!? 神の弟子としての慈悲の心は…』

「ありませんね。わたくしは清掃員です。慈善事業家ではありませんので」


 私がバッサリと切り捨てると、アストライアは「うぐぐ…」と唸り、次の手を打ってきた。今度は、泣き落としではなく、学んだばかりの交渉術だ。


『…分かりました。では、師匠個人の感情は一旦、置いておきましょう。これは、プロとしてのお話です』

「ほう?」

『この『呪われた霧』、実はルミナ王国の宮廷魔術師ギルドが、公式にこう認定した案件なのです』


 アストライアは、芝居がかった仕草で、一枚の羊皮紙を画面に映し出す。そこには、こう書かれていた。

 ――【浄化不能事象アンクレンザブル・フェノメノン】。


「……浄化、不能?」


 私の眉が、ピクリと動いた。

 その単語は、プロである私に対する、最大の挑戦であり、最大の侮辱だ。この世に、清められない汚れなど、あってはならない。それが、私の矜持だ。


(…この女神、私の性格を理解した上で、的確に煽ってきている…!)


 アストライアは、私の反応を見て、ニヤリと口角を上げた。生意気な弟子め。


『ええ! いかなる高位の聖魔法でも、古代の魔術でも、霧を完全に消し去ることはできなかった、と。…まあ、仕方ありませんよね。王国のエリートたちですら匙を投げたのですから。師匠ほどのプロでも、さすがにこれは、お手上げ、でしょうか?』

「……」


 ぐ、と奥歯を噛みしめる。ムカつく。実にムカつく挑発だ。だが、それでもまだ、私の完璧なソロライフを投げ打つ理由には弱い。

 私が押し黙っていると、アストライアは「では、これでいかがでしょう!」と、最後の切り札を切ってきた。


 画面に、王家からの正式な報酬一覧が、光のリストとなって映し出される。

 目もくらむような金額の金貨。最高品質の魔晶石の山。伝説級の武具の数々。

 だが、私の目は、そのリストの一番下にある項目に、釘付けになった。


【王家地下大書庫収蔵『古代文明の遺失技術ロストテクノロジーに関する全ての文献』への、無期限閲覧パス】


「…………っ!」


 古代文明。ロストテクノロジー。

 そこには、私がまだ知らない、未知の清掃技術や、究極の掃除道具の設計図が眠っているかもしれない。ジルドンに作ってもらう、新たな神具のアイデアが、無限に…。


「…………はぁ」


 私は、天を仰ぎ、これまでで一番深いため息をついた。

 負けた。完敗だ。

 プロとしての矜持プライドと、オタクとしての探求心(欲望)。その両面から完璧に攻められ、私に、逃げ場はなかった。


「…分かりました。その依頼、受けましょう」


 私の言葉に、アストライアは『やりました!』と、画面の向こうで拳を突き上げた。


「ただし、条件があります。第一に、わたくしは『特殊環境コンサルタント』として赴きます。一介の掃除屋扱いは許しません。第二に、王国での交渉や会議など、面倒ごとは全て、わたくしのマネージャー兼秘書として、あなたが代行すること。いいね、アストライア」

『えっ、わたくしが!?』

「当然です。これは、あなたが取ってきた仕事でしょう? 最後まで、責任を持ってください」


 私が有無を言わさぬ口調で告げると、アストライアは、自分の仕掛けた交渉が、自分に跳ね返ってきたことに気づき、顔を引きつらせた。


「以上が、受諾の条件です。不服ですか?」

『い、いえ! 滅相もございません! 謹んでお受けいたします!』


 こうして、私の不本意極まりない、しかし、少しだけ胸の躍る休日出勤(王都へのビジネス出張)が、正式に決定したのだった。

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