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第13話 完璧な聖域(ひきこもり城)と、面倒の足音

 異世界に来て、どれくらいの時が経っただろうか。

 黒泥のダンジョンの一角に築いた私の拠点は、今や「城」と呼んでも差し支えないほど、快適な空間へと変貌を遂げていた。


「んふぅ……」


 オリハルコン製の特注リクライニングチェアの、人間をダメにする角度に身を預け、私は完全にだらけきっていた。

 右手には【四次元おやつポーチ】から無限に供給される塩味のポテチ。左手にはキンキンに冷えたハーブティー。視線の先では、神界の秘宝【追憶の水晶板】が、私の愛してやまない元の世界のロボットアニメを完璧な画質で映し出している。


「推しの出撃シーン、何度見ても最高……」


 だらけきった身体とは裏腹に、オタクとしての魂だけは、かつてないほど燃え上がっていた。

 部屋の隅からは、今夜の夕食であろうビーフシチューの、食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。【全自動・味付け完璧なべ】が、私の代わりにせっせと働いてくれているのだ。

 面倒な人間関係ゼロ。完璧な生活リズム。無限のおやつと推し。

 これこそが、私が転生してまで手に入れたかった、真の聖域サンクチュアリだった。


 夕暮れ時、私は日課の散歩に出た。

 もちろん、ただの散歩ではない。私の城の重要なライフラインである、ジルドンとの交流地点の確認だ。

 いつもの場所に置かれていたのは、新鮮な食材と、美しい光沢を放つアダマンタイトのインゴットだった。


「お、今日は当たり日だな」


 最近のジルドンは、私が時折おすそ分けする神界のお菓子や飲み物がえらく気に入ったらしく、そのお返しに、こうした希少金属や、趣味で作ったらしい便利な道具を置いてくれる。言葉は交わさずとも、互いの仕事をリスペクトするプロ同士の、静かで満ち足りた関係。これ以上、何を望むというのか。

 私はインゴットの隣に、お返しとして【神々の晩酌セット(最高級黒エールと七色に輝く燻製ナッツ)】をそっと置いた。彼がこれで、また良い仕事をしてくれるだろう。


 城に戻り、さて、アニメの続きでも見るか、と思った矢先だった。

 ポーン、と軽快な音と共に、久しく見ていなかった女神通信機が起動した。

 画面に映し出されたのは、ピカピカに磨き上げられた神殿を背景に、胸を張る女神アストライアの姿。


『師匠! 本日の定期報告です! 神殿の清潔維持率、昨日から0.5%向上しました! ついに私、神の力を使わずに、雑巾だけで窓ガラスを完璧に磨き上げる技を会得しました!』


 その顔は、誇らしげだ。

 私は、生暖かい目で見守る。弟子は、カタツムリの歩みよりなお遅いものの、確かに成長はしているようだ。


「結構です。その調子で、日々の維持管理を怠らないように。…で、要件は何です? わざわざ通信してきたということは、そのしょうもない成長報告だけではなさそうな顔ですが」


 私の指摘に、アストライアは『うっ…』と詰まり、途端にもじもじと、視線を泳がせ始めた。


「何か、面倒ごとを持ち込んできた、という顔ですね」

『め、滅相もございません! ただ、その…神殿に、地上から正式な要請が届いておりまして…』


 アストライアは、おずおずと切り出す。

 その目は、明らかに私を窺っていた。

 ああ、嫌な予感がする。私の完璧なソロライフを脅かす、面倒の足音が、すぐそこまで聞こえてくる。

 私は、リクライニングチェアから体を起こすと、プロの清掃員としての顔つきで、画面の向こうの元クライアントを、じっと見据えた。


「――内容を聞きましょうか」

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