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第11話 勝利のハイタッチ(はしない)と、二人の共同作業

 書庫に、秩序の光が満ちていく。

 私がリッチの生み出す汚染を神具で浄化し、アストライアがその力の源である散らばった本を棚に収める。はじめはおぼつかなかった彼女の手つきは、いつしか必死の集中力によって、驚くほどスムーズになっていた。


『やめろ…やめろぉ! 我が混沌が、我が楽園が、秩序に塗り替えられていく…!』


 本棚が埋まるにつれて、大司書のリッチの体はどんどん透き通り、その声もか細くなっていく。

 そして、アストライアが最後の一冊――分厚い神々の歴史書――を、本棚にぐっと押し込んだ、その瞬間。


 リッチの力が、完全に霧散した。


『秩序あるべきものに、混沌は滅びる…! これもまた、宇宙の真理なり…! ぐおおおっ!』


 最後の断末魔と共に、リッチはその形を保てなくなり、千年分のホコリと知識の光の粒子となって崩れ始めた。

 私は、その瞬間を逃さない。


「お疲れ様でした。あなたはもう、あるべき場所へお還りなさい」


 私は【空間湾曲式チリトリ】を構え、リッチの残骸を、敬意を込めて一滴残らず吸い込んだ。チリトリの亜空間で、彼が安らかに眠れるように。


 しん、と静まり返った書庫。

 そこには、 exhaustion と、達成感が漂っていた。


「……」

『……』


 私とアストライアは、部屋の両端で、互いを見つめ合った。二人とも、ホコリとインクにまみれて、お世辞にも綺麗とは言えない姿だ。

 アストライアは、自分の泥だらけの手をじっと見つめ、それから、自分が本を収めた棚を見上げた。

 そして、ふわり、と笑った。

 いつもの、取り繕ったような笑みじゃない。心の底から湧き上がってきたような、晴れやかで、少しだけ誇らしげな笑顔だった。


『わたくし…やりました…!』

「ええ。あなたの働きがなければ、浄化はもっと長引いていたでしょう。……お見事でした、クライアント様」


 私が素直な称賛を口にすると、アストライアはぱあっと顔を輝かせ、駆け寄ってきた。そして、勢いよく両手を上げる。


『はい! 師匠! 勝利のハイタッチです!』

「それは丁重にお断りします」


 私は真顔でその手を払い、アストライアが『ええー!?』と不満そうな声を上げる。

 …こういう馴れ合いは、私の主義じゃない。


「感傷に浸るのはここまでです。見てください、この惨状を」


 私が指し示す先には、魔物はいなくなったものの、いまだに混沌の極みにある書庫が広がっている。


「ここからが、清掃の第二段階。『整理・整頓』フェーズに移行します」


 私は、この日のために頭の中で練り上げていた、壮大な図書館再生計画を打ち明けた。

 題して、【アカリ式・神界図書館分類法】。


「まず、全ての書物を内容別に分類します。神々の歴史、魔術理論、天体物理学、そして…ゴシップ週刊誌」

『ゴ、ゴシップ!?』

「ええ、あそこの山、ほとんどそれですよ。で、分類したものを、私が考案した請求記号順に本棚へ配架していきます」


 私の完璧なプランに、アストライアはぽかんと口を開けていた。


「というわけで、クライアント様。あなたの次の業務です。床にある本を、一冊ずつタイトルを確認し、こちらの『歴史』『魔術』『ゴシップ』の三つの箱に仕分けてください」

『は、はい! あの、わたくしが、本を読んで…?』

「当然です。まさか、中身も確認せずに適当な箱に入れるつもりですか? そんな甘えは、私の現場では通用しません」


 私の厳しい言葉に、アストライアは背筋を伸ばして『滅相もございません!』と叫ぶと、早速一冊目の本を手に取った。

 それは、彼女が幼い頃に読むのを挫折した、神界の歴史の教科書だった。


『あ…これ…。『第一章、世界の成り立ち』…。む、むずかしくて、すぐに読むのをやめてしまった本です…』


 彼女は懐かしそうに、そして少しだけ寂しそうに、そのページをめくった。

 私はその様子を横目に、高所作業用のマジカル脚立に乗り、高い場所にある本棚の清掃を開始する。


 静かな書庫に、私が棚を拭く音と、アストライアが小さな声で本のタイトルを読み上げる音だけが、心地よく響いていた。

 それは、決して交わることのなかった二人が、一つの目標に向かって作業を進める、奇妙で、しかし、悪くない時間だった。


(まあ、グループワークも、相手がこれだけ素直なら、たまにはいいか)


 私は、眼下で真剣な顔で本と格闘している女神を見下ろし、ほんの少しだけ、口元を緩めた。

 この果てしない書庫が、本当の意味で「聖域」になるまで、もう少しだけ、この奇妙な共同作業は続きそうだ。

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