表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/54

第1話 汚部屋女神のパワハラ転生と、清掃員の覚悟

「え……っと、どちら様、でしょうか?」


 意識が浮上した瞬間、目に飛び込んできたのは、とんでもない美少女だった。

 キラキラと輝くシルクのようなプラチナブロンドの髪。宝石を嵌め込んだみたいな大きな瞳。完璧すぎる容姿に、三十路を越えた私の脳は「SSR!」という叫びを上げた。いや待て、それどころじゃない。私は確か、雑居ビルの特殊清掃中に、うっかり足を滑らせて……。


「イエーイ、どーもー! 不慮の事故でお亡くなりになっちゃった、赤木あかりサンですね!」


 目の前の美少女――女神様、とでも言うべきか――が、見た目にそぐわないやたらと軽いノリで、私の死亡を確定させてきた。


「あなたのその類まれなる『浄化』への情熱! ほとばしるプロ意識! この私、ちょー感動しちゃいました!」

「は、はあ……」


 なんだか圧が強い。ぐいぐい来る。完璧なルックスと、中身の残念そうなギャップに、私の心は早くも「推せない…」と判断を下していた。


「つきましては、異世界でその力を振るい、世の穢れを清めてほしいのですっ!」

「い、異世界……」


 出た。ネット小説で百万回は読んだ展開。三十年間、掃除と推し活にしか人生を捧げてこなかった私にも、ついにそんなお約束が。

 ゴクリ、と喉が鳴る。


「ちなみに、その…チートとかは!?」


 転生するならチートスキルは必須。これは古事記にも書かれている常識だ。私の切実な問いに、女神様は「もちろんです!」と胸を張った。


「あなたには、スキル『絶対清浄領域サンクチュアリ』! それから、無限に物が入る『アイテムボックス』を授けましょう! 便利でしょ?」

「おお……!」


 悪くない。いや、かなり良い。掃除のプロにとって、無限収納と浄化スキルなんて最強の組み合わせじゃないか。


「さあ、行ってらっしゃい! まずは腕試しに、最も穢れた地『黒泥のダンジョン』の浄化をお願いしますね!(ウインク)」

「え、ダンジョン!?」


 待って待って。話が重い。てっきり王都に召喚されて、聖女として王子様とどうこう、みたいな展開じゃないの?


「あの、もっとこう、安全な場所からスタートとかは…」

「大丈夫! あなたならできます! では!」


 私の悲鳴は、まばゆい光と共に足元に広がった魔法陣に、無慈悲にも掻き消された。


 一人になった神殿で、女神アストライアは、部屋の隅にうず高く積まれたゴミの山に視線を移す。


「うふふ……あの腕なら、きっと素晴らしいわ。いずれ、私のこの部屋も……綺麗にしてくれるかも……」


 女神の不純すぎる動機など、知る由もない。


「……って、知るかーっ!!」


 じめじめした洞窟に一人、私の絶叫が響き渡る。

 鼻を突くのは、カビとヘドロが混じったような耐え難い悪臭。足元はぬかるみ、時折、名状しがたい何かが蠢いている。


「鬼畜仕様すぎだろ、あのクソ女神……!」


 アイテムボックスからスマホ(もちろん圏外)を取り出し、メモ帳アプリに女神への呪詛を高速で打ち込んでいく。少しだけ、ほんの少しだけ、心が落ち着いた。

 三十年間、真面目に働き、税金も納め、たまの休みに推し活をするだけの慎ましい人生だったのに。あんまりな仕打ちだ。


 しばらく膝を抱えていたが、ふと、あることに気づく。


「……静かだ」


 クレームを叫ぶ客もいない。指示を出す上司もいない。噂話に花を咲かせる同僚もいない。

 誰も、いない。


「……てことは」


 私の脳内に、一つの理想郷が浮かび上がった。

 誰にも邪魔されず、好きな時間に起きる。掃除が終われば、ソシャゲのイベントを心ゆくまで周回し、保存してきた推しの動画をエンドレスで再生する。壁には等身大タペストリーを飾り放題。疲れたら眠る。


「……悪くない」


 いや、むしろ、最高じゃないか?

 面倒な人間関係から解放された、夢のおひとりさま空間。

 そのためには、まず何が必要か?


 決まっている。


「この劣悪な住環境を、なんとかしないと」


 私の目に、清掃員としてのプロの光が宿る。

 ゲーマー風に言えば、ここは初期リスポーン地点。ならば最優先すべきは、安全地帯の確保だ。


「よしきた!」


 私は威勢よく立ち上がると、アイテムボックスに手を突っ込んだ。

 中から出てきたのは、元の世界で使い慣れた、私の商売道具。伸縮性のモップ、角度の変わるブラシ、そして様々な汚れに対応する特殊洗剤の数々。


「見てなさいよ、クソ女神! この世界一汚いダンジョンを、世界一快適な私のおうちにしてやるんだから!」


 まずは拠点確保。そして、輝かしい引きこもりライフへ。

 転生アラサー清掃員の、静かで、誰にも邪魔されない戦いが、今、幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ