7、ウブな25歳としゃべる赤子
バンッと乱暴に執務室を開けた私は、開口一番叫んだ。
「旦那様! 赤ん坊の名前はハジメちゃんがいいと思います!!!!」
「はじ……なんだって?」
「ハジメちゃん!」
「ハジメ?」
「『ちゃん』は必須でお願いします!」
「なんで?」
「直感です!」
明らかに『興奮してます!』というように、顔を高揚させて旦那様に近づけば、赤い顔が背けられた。どうやら近づきすぎたらしい。
しかし今は、そんな旦那様を可愛いとか言ってる場合ではないのだ。今見た事実をお教えしなければ!
「あのですね、旦那様!」
「近い近い、メリッサ顔が近い」
「実はこの赤ん坊、凄いんです!」
「いや赤ん坊のことはいいから、とりあえず離れて……」
「旦那様、私の話を聞いて下さい!」
「お願い、鼻先まで顔を近づけないでくれー!」
ええい、25歳にもなってウブな男め! と更に顔を近づけようとしたら「はいそこまで」と髪を引っ張られた。
グキッて言った。今私の首、グキッて言った!
「痛い!」
「落ち着けって言ってんだよ」
いつ誰が落ち着けて言ったの!? と痛みで涙を浮かべながら振り返れば、すっごい恐い顔で睨んでくるアラスと目があった。ので前を向いた。背後の殺気が恐い恐い。
「今、クラウド様はお仕事中だってこと、理解してますかメリッサ様」
「い、一応理解してるつもりです、はい」
「じゃあどうして邪魔するんですか? 見てください、クラウド様が真っ赤になって両手で顔を隠してるじゃないですか。これ、しばらく使い物になりませんよ。どうしてくれるんですか」
言われて見れば、顔から湯気が出そうなくらいに顔が赤い旦那様。そんな鼻先三寸で照れんでも。思春期か。
「クラウド様はこじらせ思春期なんですよ」
「なるほど」
アラスの説明に妙に納得……している場合ではない。そんな『青春とは?』な話をしにきたんじゃないのよ。
「あのですね、赤ん坊のことについてご報告があります」
「体調でも悪いのか?」
さすがに赤ん坊の話をしたら、顔の赤味は引いて、真剣な顔の旦那様がこちらを見た。からかいたい衝動がムズムズするが、今は我慢しよう。背後のアラスが恐いから。殺気送らんでくれる?
「いえ、すこぶる元気です。ですが、しゃべりました」
「そうか……うん、なんだって?」
私の言うことには全て頷きたい旦那様。だがしかし、それで済まして良い発言ではないことは、すぐに気づいたらしい。
「赤ん坊が?」
「話しました。なのでハジメちゃんという名前にしていいですか?」
「いや良くないけど。どこからその名前が出たの?」
「なんかビビッときたんですよ」
なんて会話をしていたら「お前も転生者か」という声が腕の中からした。
私の腕がしゃべったんじゃないよ。そんな奇想天外なこと、さすがの私の腕でも起こらんよ。
「さすがメリッサ様の腕。おしゃべりするようになったんですね」
「違うっちゅーに。アラスの中の私は、どういう位置づけなの」
「珍獣」
「どうやらアラスとは、一度じっくり話す必要があるようだね」
「そんなことしたらクラウド様が嫉妬するので面倒です」
「マジ面倒」
完全な脱線に「いやなんの話」と旦那さまが言わなきゃ、多分話はすっごい脇道入ってたと思う。
無理やり本線に戻す。
「今の声、聞きました?」
「マジ面倒ってやつ?」
「それは私の発言です。そうじゃなくて、私の腕の中の……」
「しゃべる赤子でハジメちゃんときたら……そうか、お前も俺と同じ世界から来たんだなあ」
はい、長文聞こえました。
見つめる私と旦那様。状況が状況だけに、さすがの旦那様も顔は赤くならない。
それからゆっくり下にずらされる視線。そこにはペタペタの私の胸……じゃないよね、そこ見てないよね旦那様。微妙に焦点ズレてる気がするけど、見ないよね?
というわけで、私の腕の中でモゾモゾ動く赤ん坊を旦那様に差し出した。
「この赤ちゃん、どうやら話せるみたいです」
それもくっそ生意気で口悪いです。
そう付け足したら、赤ん坊は「よっ!」と言って小さな右手を軽く上げた。
直後。
ぎゃー!? という旦那様の叫び声が屋敷内に響き渡ったのは……まあしょうがないよね。