63、これにておしまい!?
「うおおおぉぉっ!!!!」
「なっ!?」
目を大きく見開き、驚愕の声を上げる魔族の男。私もまた口をポカンと開く。
いやいや、私としては狼に変化することを期待したんですけどね?
なんか別の変化が生じてない?
すっごいやる気スイッチ入ってるんですけど!?
なんとクラウド様、眼前に突きつけられた剣と化した魔族の腕をバシッとはたき落として、素早く立ち上がり一気に距離を詰めたのだ。
そのまま、魔族の胸ぐらを掴む。
「そこだーやれー! やっちゃえ、クラウド様ー!」
「いっけー、伯父上ー!!!!」
大人になりきれてない18歳と、精神年齢18歳の18歳コンビによる声援を受けるクラウド様。
魔族が抵抗する間を与えず、その体を思い切り地面に叩きつけた! あれ、前世ではたしか柔道の技じゃなかったかな。
「ぐっ……!!!!」
苦悶の声が上がり、そのまま動かない。どうやら地面にしこたま体を打ち付けて、息をするのもやっとの状態らしい。
「勝負あったね」
すかさずというか、いつの間にか動いたノンナリエが、折れた剣の刃先を魔族に突きつけた。
クラウド様とは違い、それに抵抗する力はもう無い魔族は、ガクリとうなだれるのであった。
「……ふう……」
緊張が一気にとける。
息を吐いてクラウド様が地面に座り込んだその瞬間。
「クラウド様あぁぁー!」
「伯父上ーーーー!」
「うわっ!?」
私とアーサーによる歓喜のタックルを、旦那さまは思い切り受ける。
しかしそこはさすがのクラウド様、ぶっ倒れずに受け止めてくれるのはさすが。目に涙が浮かんじゃう。
「さしゅがでしゅ! エロの力は最強……いふぁいいふぁい、メリッサママ、いふぁいでしゅ」
「お子ちゃまはおだまり」
自分で言ったことは棚上げし、私はアーサーのほっぺをむにいっと引っ張るのであった。
涙、一瞬で引っ込んだわ。
* * *
「パパ!」
しばしの沈黙の後、ローディアスの声がして、駆け寄る足音が聞こえる。
見るとローディアスが心配そうに父親である魔族の男の顔を覗き込んでいた。
「パパ、大丈夫?」
「ああ。心配するな、じきに動けるようになる」
私は慌てて立ち上がり、二人に駆け寄った。
「治療、しましょうか?」
はたして光魔法による治癒が魔族に効果あるのかわからないけれど。
それでも放っておけなくて、思わず言葉が出た。背後でクラウド様が息を飲む気配がする。
分かってる、分かってますよ、なに軽率に治療しようとしてるんだって、自分でもよく分かってる。
でもなんとなく分かるんだ。
もうこの魔族は何もしてこないって。
きっとこのまま諦めてくれるって、なんとなく分かる。女の勘ってやつですね。
魔族の男は驚いた顔で私を見るも、ややあって首を横に振った。
「光魔法は我ら魔族を治療することはできない」
「あ、やっぱりそうなんですね……」
「できたとしても、俺にその治療を受ける資格はない。敗北者はただ黙って去るのみだ」
背後で「しょーだしょーだ、この負け犬め!」とか言ってるアーサーには、落ちてた木の実をぶん投げて黙らせる。それでもいじくって遊んでなさい!
「あの、私には大切な旦那様がいます。でも一つ謝らなければいけないのは、子供はいないんです」
「え?」
「正確には、子供のような甥っ子がいるんです」
言って私は背後を振り返った。どうやら肉体年齢が勝ったのか、楽しげに木の実をいじくっているアーサーが目に入る。
「私は、私の大切な人と離れません」
もう二度と。
その言葉は、どちらかと言えば魔族の男性よりもノンナリエに向かって言ったつもり。なのでジトッと彼女を睨めば、目をそらされた。だから口笛吹くな。
「私は一度家に帰ります。でもまた来ますね。魔物が穢れをまとっていた理由が、まだ調べられていませんから」
「そうか」
「その時はこの森を案内していただけますか?」
「俺と関わっていいのか?」
「妻や母親にはなれませんが、お友達にはなれると思うんです」
言ってローディアスを見た。
「お友達?」
可愛い顔でローディアスが聞く。
「ええ」
頷けば、とても嬉しそうに笑ってくれた。
魔族であっても、子供は子供。子供に罪はないし、魔族の男の行動が子供を思ってのことだというのも理解している。
背後を振り返れば、状況が飲み込めていない困惑顔のクラウド様と目が合った。
うん、帰ったら色々質問攻めにあいそうだなあ。
でもこの森のことが気になるのも、また事実。
今回は調査を諦めなくちゃいけないだろうが、また来ることはできる。ザカルディア村のことも気になるし。
「また来てね!」
「ええ、またすぐ来るわ」
「すぐっていつ? 明日?」
90代でもやっぱり子供、言ってることは人間の子供と変わらないなと苦笑する。
「明日は無理だけど……必ず、また来るから」
「うん、待ってるね、メリッサママ!」
「え」
瞬間、背後から殺気が放たれるのを感じて顔が引きつった。
「クラウド様、そしてアーサー。殺気を引っ込めてください」
クラウド様だけではなく、アーサーまで恐い顔をしてるんだもの。困った二人だ。
こうして私達は魔の森を後にし、無事に村へと戻れた。道はなくなっていてもアーサーの飛行魔法を使えば関係ないからね。人数多いのに凄いわ。
「魔法、上達したねえ!」って褒めたら「えへへ~」って照れてる姿がなんとも可愛い。
一度家に帰るとザカルディアの村人たちに告げた時、みなが別れを惜しんでくれた。
すぐに戻ってくると言えば、ゼンをはじめ子供たちがとても喜んでくれたっけ。
「メリッサが責めるなと言うが、俺はお前を絶対に許さない」
そうノンナリエに凄んでいるのは、クラウド様だ。
まあしょうがないよね、甥っ子であるアーサーが誘拐され、すぐまた私が攫われたのだから。
「お前のそばにいる闇魔法使いにも言っておけ。二度はないと」
そのゾクリとする気迫に、しかしノンナリエは飄々と肩をすくめるだけ。これだけ一緒にいても、いまだ彼女の思考は読み取れない。
帰路は馬車でとなった。アーサーの飛行魔法ならばひとっ飛びであっという間なんだろうけど、さすがに一歳児に無理をさせすぎだ。
疲れたアーサーは馬車の中で、私の膝を枕にぐっすり眠っている。
「やっと家に帰れる……」
安堵の息を漏らせば、視線に気づいて顔を上げた。
「なんですか、クラウド様?」
何やら先程から……いや、魔の森から帰ってきてから、時折向けられる視線に首をかしげる。
何かをいいたげで、でも言わない。
言いたいことがあるならハッキリ言ってほしいと言えば、少しの逡巡の後、彼は口を開いた。
なぜか頬が赤い。
「その……俺があの魔族の男に勝ったら、ピーとかピーとかしていいって話……」
「あ、あー……そんな話もありましたっけ?」
「約束は約束だぞ?」
「いやあ、でもねえ……」
背中に冷や汗ダラダラ。知識はおぼろげだが、かなり過激なこと言った意識はある。
どうやって誤魔化そうかと思った、の、だ、が。
「あ」
「えっ」
私とクラウド様が同時に言葉を発する。
そして変化はあっという間に起きた。
私達の叫び声になにごとかと目をこすって目を覚ますアーサー。
寝ぼけ眼な彼は言った。
「ありぇえ、おじうえ、また狼しゃんになっちゃったんでしゅか? わあ、もふもふ~」
眠い子供にとって、もふもふな獣ほど魅力的なものはない。
すっかり狼の姿に変化してしまった私とクラウド様は、無言で見つめ合う。その隙にクラウド様の背に乗ったアーサーは、また可愛い寝息を立てる。
「……とりあえず、次の満月までお預けですね」
私がそう言えば、
「ぐぬう……」
と、なんとも情けない狼の吐息が漏れるのであった。
~fin.~
ガラガラと馬車の車輪が賑やかに回り、一行を乗せて走り去っていく。
それを見つめる者が一人、大木の上から見つめていることを気づく者はいない。
「ふうん、面白いね」
その呟きは風がさらい、誰の耳にも届かない。
fin?
いいえ
To Be Continued!