61、無邪気って恐い
魔族とは異なる艶のある黒髪がサラリと揺れ、美しい青の瞳が私をとらえる。
乱れた前髪をかき上げるその仕草があまりに懐かしくて、知らず涙が浮かんだ。
「クラ……」
「メリッサママぁぁぁーーーー!!!!」
「うぶっ!?」
迷わずその腕に飛び込もうとする私に対し、手を広げて待ち構えるクラウド様。
そう、愛しくも会いたくて仕方なかった相手を前に、私は涙を浮かべながら走りだしたのだ。
と思ったら……思ったらあ!
ふにゃっと柔らかい物が顔面を多い、視界を遮ってきたのである。
一体なにごと!?
と思ったのは一瞬。
私の名を呼ぶその声もまた懐かしいものであることを瞬時に理解して、私はベリッと顔面に貼り付いたそれを引き剥がしたのである。
「アーサー!」
「あい! 俺……じゃない、僕でしゅ!」
小さな体の両脇に手を差し込んで持ち上げた物体。
それは愛しい我が子……もとい、甥っ子ではないか。
「ど、どうしてここに!?」
「メリッサママを助けに来たでしゅよ! ……ううむ、滑舌ぅ……」
これはあざとさではないよと言いたげに、舌足らずな自分の口調に不満げな顔。ああなんて懐かしい!
「わーわー、本当にアーサー? 本物? まさか幻覚……」
抱っこして、思わずその頬を引っ張ってもたわ。
「柔らかい、お餅のようにモッチモチ! 本物だわ!」
「でしゅ!」
この頬の柔らかさを間違えるはずもなし。
うわあ、本物だあ! どうしてここにー!?
なんて感動していたら、「おいっ!」と声がかかった。
顔を上げたら、両手を広げたまま固まっているクラウド様が一人。
「なにやってんですか?」
「完全に俺の胸に飛び込んでくる流れだっただろうが!」
「あーそうでしたね。いやあ、クラウド様、お久しぶりでございます!」
「飛び込んでこないのか?」
「いやだって、今アーサー抱っこしてるから」
「……アーサー、お前は家に帰れ」
大人げない男が一人いるわ。と苦笑しつつ、私はアーサーを抱っこしたまま、クラウド様へと歩み寄って、真正面に立った。
「会いたかったです、クラウド様」
「俺もだメリッサ。無事で良かった。怪我はないか?」
「はい、大丈夫ですよ。手をワキワキさせるのやめてもらっていいですか?」
「おいアーサー」
だからアーサーを無理矢理はがそうとするなっちゅーに。
どうにもハグしたいのにできないお邪魔虫を前に苛立つクラウド様。
思わず状況を忘れてほのぼのな空気が流れる。
しかし、そんな平和は長続きしないと相場は決まっているのだ。
「メリッサ!」
「ふえっ!?」
突然私を押しのけクラウド様が剣を抜き放つ。押しのけられた私の背後で、ギンッと剣がぶつかる音がした。
振り返って目を見開く。
そこには剣を構えるクラウド様と、その剣に向かって剣を振り下ろす魔族の男。
いいえ違う、あれは剣ではない。
魔族の男の手が、するどい刀のような形に変わっているのだ。腕が剣となるとは、なんと恐ろしいことか。
「クラウド様!」
「下がってろ、メリッサ!」
緊迫した声に体を震わせ、アーサーを抱いたまま私は後ずさる。
ポンと不意に肩を叩かれて体が震えたが、それがノンナリエの手であることに安堵の息を吐いた。
「驚いたね。クラウドのやつ……あんたの旦那、ここまで来るとは。しかも想定よりずっと早い。一体どうやって……」
「僕の魔法のおかげでしゅよ!」
ノンナリエの疑問は、私の腕の中の人物があっさりといてくれる。
「僕の風魔法でひとっ飛びなのでしゅ!」
「え!? もうそこまで使いこなせているの!?」
会わなかった間に、随分と成長して。
まだ1歳とはいえ、精神年齢は前世の18歳なだけあるわ。
「ふうん、そのガキ、飛行魔法まで操るんだね」
その言葉にギクリとなる。
無警戒にノンナリエの前でいらぬ会話をしてしまった。
青ざめる私と逆に、フフンと笑うノンナリエ。
「心配しなくても、そのガキに用はないよ。あの村救うのに役立ちそうなら利用させてもらうかもしれないが……依頼でもないのに、私欲でガキを利用するほど落ちぶれちゃいないよ」
「依頼だとしても誘拐する人を信用できません」
「別に信用してくれとは言ってないさね」
「……」
「そう睨むな。今はあの魔族をどうにかするのが先決だろ?」
言われて慌てて視線を戻せば、今まさに剣の激しい応酬が繰り広げられている。
キンッと高音が響いたかと思えば、ダンッと大地を蹴る低い音が響く。
汗を流し緊張の面持ちで剣を振るうクラウド様に対し、無表情で剣となった腕を振るう魔族の異様さが際立つ。
その余裕ぶったクールさが、クラウド様の焦りを誘う。
「長引いたら不利だね」
ノンナリエの言葉を裏付けるように、クラウド様の足が徐々に……ほんの少しずつ後退していく。




