60、魔族って話が通じないんだな
「子供だと? 幼く見えるが実は300歳くらいなのか?」
「魔族の年齢と同じ感覚で言わないでください。100歳って子供産むどころか棺桶入っとるわ」
そこでふと考える。150年前に恋に落ちてローディアスが産まれた。ってことはローディアス君は幼く見えて、実は100歳くらいなのかね?
300歳で子持ち年齢という感覚であるならば、ローディアスは幼くても100年は生きてる可能性が出てきた。
「キミ、すっごい年上だったりする?」
「僕、まだ98歳だよ!」
まだときたか、まだ、と。98歳でこの若さ、魔族に憧れて怪しい研究している人間がいることも、納得しそうになる。
「えー、今のでハッキリしました。私はこの子の母親にはなれません。成人するまで見守る前に私の命が尽きますので」
「それは大丈夫だ。魔族の秘薬を飲めば、人間の寿命を伸ばすことができる」
「それ絶対誰にも言っちゃダメですよ」
それさっき言ってた怪しい研究してる連中とやらに知られたら、絶対ヤバイやつ。
「それも大丈夫だ。人間ごときに作れる代物ではない」
「そうなんですか?」
「まあ材料が材料だけに、な」
どんな材料か聞くのはやめておこう。
「とにかくですね、私には大切な旦那様と子供がおりますので、あなたの妻となることもローディアスの母となることもできません」
「その家族とやらはどこにいるのだ? どうしてお前と共にいない?」
「それはまあ色々ありまして。帰るために頑張っているのですよ」
言ってノンナリエをチラリと見たら目を逸らされた。口笛吹いてんじゃないわよ。
「まあいい。お前の夫と子供は殺すとしてだな……」
「いやなにサラッと怖いこと言ってんですか。殺すってなに、マジで怖いんですけど。そんなことしたら一生かけて恨みますからね」
「それは困る」
「なら殺さないでください」
「ではどうしたら嫁になってくれるのだ」
「だからならんって言ってるでしょうが」
「それは困る」
なんなのこの会話!
この魔族の男と会話していると、なんか頭が変になる! パニックになるわ!
頭を掻きむしっていたら、手を掴まれてグイと引き寄せられる。ひいっ!
あっという間に目の前には超絶イケメン。ちょっと目の色が人ならざる感じであったり、頭にツノ生えてたりはするけれど、イケメンはイケメン。思わず見惚れた私は悪くない。
「このままお前を連れて行く」
「え」
いやいや、ま魔物の穢れの理由とかも調べてませんのに、さすがにそれは困るんですけど。
「心配するな、魔族の暮らしは楽しいぞ」
「ちょ、ちょっとまって……」
「今夜の夕飯はご馳走だ。私の作る一つ目鬼の目玉ゴロゴロ煮っころがしは絶品だぞ」
「それ絶対食べたくないやつ!」
なにその世界三代珍味をも凌駕するメニューは!
暴れて手を振り回すも、男の手は存外強くて振りほどけそうにない。
こうなったら仕方ない、光魔法を使うしかないか。
あまり危害を加えたくないのだけれど、相手が強引であるならば致し方なし。
と、右手に光魔法を集中させるのと同時。
ヒュンと風が空を切る音がした。
瞬間、バッと男が離れた。私の前髪をチッとなにかがかすめて、前髪ハラハラ……って、「ちょっとおっ!?」
見れば、刀身が真ん中から折れて短剣状態になったそれを手にする、ノンナリエが立っている。
「今かすった! 剣がかすって前髪切れたぁっ!」
「サッパリしていいだろ」
「そういう問題じゃない!」
「なんだい、そのままそいつに攫われたほうが良かったってか?」
「それはもっと良くない! 助けてくれてありがとう!」
キレながら礼言うわ。
魔族が離れてホッとしつつノンナリエに文句なんだか礼なんだかを言っていたら、不意に背中がゾクリとした。
「あ、ヤバイ」
言って、光魔法を放ったまさにその瞬間。
爆音が辺り一体に響き渡ったのである。
「ノンナリエ! ゼン!」
振り返れば、右手を前方に伸ばした状態の魔族と目があった。
「二人に危害をくわえないで!」
容赦ない魔族の攻撃が、二人を襲ったのだ。
無表情のままそういう危ない魔法をぶっ放すなんて、やっぱり魔族は魔族ね!
しかしその無表情が、ほんの少しピクリと動いた。再びノンナリエたちを見やれば、舞い上がった砂埃の中から、徐々に二人の姿が見えてきている。
「結界か」
「そうよ、光魔法なめんな」
良かった間に合った。
二人に放たれた魔法を感じて、即座に二人を守る結界を作り上げた。一秒遅かったら二人は死んでいただろう。
その容赦ない攻撃に、私はゾッとする。
「次ははずさん」
「光魔法の結界は、そう簡単に壊せないわよ!」
「……試してみるか?」
その言葉には脅しの響きはない。それでも魔族にはかっこたる自信があるように見える。
つまりそれほどに強力な魔法を放つつもりということか。
「どうする? 意地になって二人を犠牲にするか、それとも私と共に来るか」
それははたして選択肢と言えるのだろうか。
選べと言ってるくせに、選ばせないようにしている。
私には歯ぎしりすることしかできない。
だが、選択肢はもう一つあったのだ。いや、出てくる。
「それは困るな。メリッサには帰ってきてもらわないと」
声が、した。




