58、小さいのは可愛いけど、大きいのは論外です
「ゼン!?」
ノンナリエもいるのだが、思わず口にした名前はゼンのみ。いや別に悪意あるわけじゃないのよ? ただ特別心配なのはゼンだっただけで……って、誰に言い訳しとるのだ、私は。
そんなことはどうでもいいと、私はバッと駆け出した。今は魔族もその子供もどうでもいい。ここは魔の森、魔族に危険はないだろう。
でもゼンとノンナリエはそうもいかない。彼らはただの人間で、私のように光魔法が使えるわけでもない。
ノンナリエは……いざとなれば闇魔法使いを呼べるのかもしれないけれど(どんな方法か知らんが)、何も知らないゼンはきっと怯えていることだろう。
ただでさえ、いつも村から見える魔の森に、きっとゼンや子供らは恐ろしいものを感じていたことだろう。けして近づいてはいけないと大人たちに厳しく言われて、それはもう悪夢に見るほどに。
その森にあって、きっとゼンは怖がっているに違いない。恐怖に震えていることだろう。
だから私が行かねば!
「って、どうしてあなたも付いてくるの!?」
必死の猛ダッシュしてる横で、平然と並走しないでくれる!? でもって子供はどうしたあ!
「我が子ならば、ここにいるが」
「肩にかついでるし!」
子供を肩に担いだ状態で、どうしてそんなに淡々と走れるかな。魔族凄いね!
人間との身体能力の差なのか。それともこの魔族が規格外なのか。とにかく平然と凄い速さで走る魔族。こっちはもうへとへとなんですけど。体力マジないもんで。
幸いにもノンナリエとゼンはそれほど遠くで待機していたわけではないので、私の体力が空っぽになる前にたどり着くことができた。
「ぜえぜえっ……ぜ、ゼン! ノン……!?」
「メリッサ!」
二人が私の顔を見て、明らかな安堵の表情を浮かべる。ノンナリエの背にかばわれた状態のゼンは、涙目だ。
良かった、二人は無事みたい。見たところ怪我もない。
だが状況は全然無事ではなかった。
「トカゲ……じゃないよね」
私が知る限り、トカゲってのは掌に乗る程度の大きさがほとんど。稀に大きいのもいるけれど、それだって腕くらいのサイズなもんだ。
こんなサイズ……牛や馬サイズのトカゲなんて、存在するはずがないのだ。
そう、人間界の獣であるならば。
「魔物だ」
「でしょうね」
魔族の男が冷静に断言する。そうでしょうね、そう思いましたよ。
大きなトカゲの魔物は、その数3体。チラリと横を見れば、2体倒れている。ノンナリエがやったのだろう、さすが。
しかしその2体を倒すのが限界……彼女の手にする武器の耐久度はそこで命を終えたらしい。ノンナリエの手に握られた剣は、その中ほどでポッキリと折れてしまっている。これで残り3体はまず無理。
私の光魔法で倒せるだろうか。魔物に使ったことなんてないからわからない。
それになんだろう。なんと言えばいいのか、この魔物……なにか……なにか、変?
「妙だな」
私の考えを裏付けるかのように、魔族の男がポツリと呟いた。肩から子供をおろして、顎に手を当てる。
「妙って、どのへんが?」
「あれは確かに肉食で獣を食うが、あれほどに獰猛で殺意剥き出しな狩りはせん。そもそもどちらかといえば臆病な類で、厄介な人間には手を出さん」
「でも実際出してるじゃないの」
「だから妙だと言っている。それに纏う空気が妙だ。なんだ、あのどす黒い気配は」
言われてハッとなる。
目を凝らしてみれば、やはりだ。あの、料理で見た穢れの肉と同じものを感じるではないか。
つまりこれでハッキリした。
穢れはこの森の中で発生している。でもって、人間が狩る時に受けた苦しみから生じたものではないと。
生きているうちに、何かが起きて穢れが生じているのだ。
「あれは穢れ。消し去ることができたら……正気に戻るかしら?」
「おそらくは」
「なら簡単よ」
倒すのは難しくても、浄化となればそれほど難しくないはず。少なくとも、あの料理のお肉は浄化できた。
私は意識を集中して、両手を前に突き出した。
「何を……?」
「少し黙ってて」
私の行動に怪訝な顔をする魔族の男をひと睨み。
それからまた巨大トカゲ3体に向き直って、目を閉じた。
閉じていてもわかる。黒い……ドス黒い穢れが、彼らを包むのが。まるで見えているように。
それらを浄化するため、私は光魔法を放つのであった。
隣で息を呑む気配がした気がする。




