57、イケメンでもめんどくさい
黒い髪に黒い瞳、頭部に生える二本のツノに、矢印のように尖った先をもつ細長い尻尾。
それらは彼を人ではないと認識させる材料となるも、彼の美しさを損なうものにはなりえない。
というかですね。
「すごっ、美人!」
思わず出ましたよ、声が。
クラウド様も美形、ラウルド様にアーサーも、私の周囲には美形が揃っている。
女性でいえばノンナリエが圧倒的な美しさをもっている。
そんな美形に見慣れた私から見ても、目の前の魔族は文句無しに美人だ。
そう、美人。カッコイイとも言えるのだろうけれど、眩しくなるくらいの美しさを前に、カッコイイとは言いたくない、ここはあえて美人と言いたい。
どうやら私にはイケメンホイホイがあるようだ。……喜んでいいの、か?
と考えたところで、クラウド様のすっごい嫌そうな顔が思い出されたので、ホイホイのことは忘れよう。そんな泣きそうな顔で訴えかけなくても、浮気なんてしませんてば。
誰だって、美形を見るのは好きでしょうが。それは前世で言うなれば……なんだっけか、そうだアイドル。芸能人とかに憧れる、ああいうのだね。
って、本人いないのに誰に言い訳しているんだ。
とりあえず脳裏の変顔クラウド様は忘れよう。
目の前の美人さんは、質問に答えないで変なことを口走る私に、怪訝な顔つきで見ている。
「あ、えーっと、何をしに来たかと申しますと……」
答えようとして、ふと考える。正直に言って良いのだろうか? と。
この森に来た理由は、人間の市場で販売されている、おそらく魔物のものだと思われる肉について。
見た目が獣に近いことから食することはできるのだろうが、それより問題は穢れのほう。
なぜ、魔物の肉があれほどの穢れをもっているのか?
私の考えとしては、狩られる時に魔物が狩る側……つまり人間に酷い目に遭っている、ということだ。
もしそうだった場合、目の前の魔族が激怒しやしないか?
下手すれば『人間ぶっ殺す!』とか言い出しはしないだろうか。それは非常にまずい。
人間と魔族の関係は、非常に繊細であやういバランスの上に成り立っている。それはほんの少しの重みが加わることで、あっという間に崩れ落ちかねない。
それはつまり、人と魔族の全面戦争への道につながる。
人も魔族もそれは避けたいと考えつつも、キッカケがあっての結果として戦争が起こるのは仕方なしと考えてもいる。
平和大好き平和主義の私としては、争いはなんとしても避けたいところ。
なのでここでの選択肢は
▶▶▶ 黙っている
が正しいんじゃなかろうか。
というわけで、私の返答は「なにか珍しい薬草が無いかと探しに来ました!」となるのである。
「薬草?」
「そうです。森の入口周辺にはたくさんの薬草がありまして」
「そうだな。あれらが人の体に有効なのは知っているし、採取しているのも知っている。我らにとってはただの雑草なので、森の掃除人として黙認している」
「掃除人!」
知らぬうちにそんな風に呼ばれているのか。というか、人が採取してること、魔族にバレていたのね。怖っ。
「薬草ならば入口近辺で十分であろう? なぜわざわざこのような奥地まで、危険を犯して入ってきた?」
「ええっとお……だから珍しい薬草が無いかと……」
「それはなんのためだ?」
「……実は不治の病が発症しまして」
「お前の頭にか」
「なぜに私の頭が病気になっていると思うんですか」
聞いておきながら理由は話さなくていいよ。聞いたら絶対腹立つやつよね、それ。
ここで一度、コホンと咳払い。
「ええっと……私の知り合いが、人の力では治せぬ病を発症しているのです」
「お前の顔か?」
「私の! 知り合い! です!」
私の顔の病ってなんじゃあ! ブサイクって言いたいのか! そりゃあなたみたいな美形と比べれば、私は余裕でブスになるんでしょうけどね! ほっとけや!
「……ブスって、薬草で治るんですか?」ふと気になったので試しに聞いてみたら「治ると思うのか?」って返された。なにこれ、私遊ばれてる?
「疲れたので帰っていいですか」
「まあ待て。どうやら我が息子を助けてくれたようではないか。礼をしたいから付いてこい」
「嫌です」
「なぜだ」
「知らない人について行っちゃダメって口酸っぱく言われておりますので」
「……そうは見えないが、お前まさか10歳未満か?」
「そう見えるなら、一度眼科行ったほうがいいですよ」
「ガンカ?」
「医者のことです」
だああ! なにこの会話! めんどくさい! 早く帰りたい!
それにノンナリエとゼンが気になる。ノンナリエがいるから大丈夫だとは思うけれど、もしあの穢れをもった魔物に襲われたら? それも複数に。
そうなったら二人が危険。早くこの場を去らねば。
「薬草もないようですので、私は帰りますね」
「まあ急ぐな」
ええい、鬱陶しい!
なんなのだこの魔族! やっぱり魔族は自己中で自分都合を押し付けてくるなあ!
不意にクイと服の裾が引っ張られ、下を見たらさっきの魔族の子が私を見上げていた。
「帰っちゃうの?」
そんな子犬目で私を見ないでぇっ!
焦る私の耳に、不意にそれが届くのは直後のこと。
森に悲鳴が響き渡る。




