56、魔の森での出会い
真っ暗な森の中であって、そこだけは不思議とほんのりと明るさをたたえていた。空を見上げるも、陽の光はやはりさしていない。
だというのに、なぜにここは明るいのだろう?
私の光魔法によるライトは必要ないな。
そう思って魔法を解除する。
「ここだけ明るいんだね」
「僕の目はまだ闇への耐性ができていないから。だからパパが明るくしてくれるんだ」
なるほどと思える説明をうけて、でもと首をかしげる。
光魔法以外にも、ライト魔法ってあるんだろうか? 詳しくないから分からないが、もしあったとして、それを魔族が使えるなんて驚きだ。
この子が言うように、きっと魔族はそのイメージ通りに闇を好む種族なのだろう。森の異様なまでの暗さからも、それは容易に推し量れる。
それであっても、ライト魔法は必要なのか?
う~ん、と首を傾げる私をよそに、魔族の子は私の手をパッと離して駆け出した。
もちろん、池のほとりで座り込む男性の元へと。
その頭には、やはり二本のツノが生えている。子供と同じ──否、それは逆に言うべきだろう。子供に親と同じツノが遺伝したと思われる、二人そっくりなツノ。
その人(というべきなのかな?)は、ゆっくりと振り返る。
「父様!」
叫んで子供が父親に抱きついた。
「ラディシュ、どうした?」
その声に、ちょっとだけ体が震えた。なぜって、あまりに綺麗な声だったから。
クラウド様の声が、私は好きだ。あの人の声は、とても心を温かくしてくれる。
だがそれと同じような感じを、その声は宿していた。
そんなはずないというのに。
相手は魔族だというのに。
なのにその声は、クラウド様のように、心を温かくする響きがあるのだ。
(魔族であっても、自分の子には愛情を注ぐってことか)
きっと我が子にかける言葉であるからこそ、温かいのだ。これが他人……それこそ他種族で天敵の人間であった場合、どれほど寒い響きを宿すのやら。
その疑問に対する答えは、すぐに得ることができた。
子供を抱きしめたまま、その顔がフッと上がって、視線がこちらへ向く。
「──誰だ」
ほらねえ!
すっごい寒い! なんて冷え切った声!
……と思うはずの予想は、けれど意外にもはずれてしまった。
なにせ感情があまりに無い声なもんだから。
どうやら彼は私に対して敵対心は無いが、さりとて歓迎している様子もない(当たり前か)。
さぐるような声、ともとれない。本当に何を考えているのかサッパリわからないような、抑揚のない声がかけられて私は戸惑ってしまう。
「あ、どうも、あっちであなたのお子さんを保護した人間です」
うん。
我ながら、どういう自己紹介? と思わなくもない。
でもそれしか思い浮かばなかったんだもの。
いきなり名乗るのも……なんか違う気がするのよねえ。
かといって、「通りすがりの者です」ってのもなあ。魔の森に人間が通りすがるわけないし。
素知らぬ顔で立ち去るタイミングを失った今、私の中では最大限に考えて出た返事なのである。
そして、そんな私の発言に、魔族のパパさんが返した言葉は
「そうか」
でした。
その返答があるまでの一瞬に、あれこれ考えた私はなんだったの。
いきなり殺しにかかってくるとかは無かったが、とはいえ警戒心は持ち続けるべき。
光魔法で作った防御壁は、ちゃんと作動している。おそらくはとてつもなく強大な力で襲われない限りは大丈夫。多分。実践で使ったことないから、耐久力よく分からん。
まあ見たところ襲ってくる空気はないので、防御壁の強さ検証はまたの機会に……
「で、人間が何をしに魔の森に入った?」
「──!!」
息を呑む。
今、なにが起きたの?
私と彼との間には、それこそ数メートル……十メートル近くあった。はず。
だというのに、今、彼は私の目の前に立っている。その距離数十センチ。
今しがた彼がいた場所には、キョトンとした顔の魔族の子供が一人立っている。
目の前の恐ろしい存在の背後に子供の姿を認めて、あっという間に距離を詰めてきた……それこそが彼が人外であることを、魔族であることを告げる行為を、彼はしてきたのである。
目の前で、まっすぐに私の顔を覗き込んでくる存在に、私は言葉を失った。




