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55、魔族の子

 

 黒い髪の両端から生える、牛のようなツノ。人ならざる耳はまるでエルフのように尖りを見せ、最たる異変はそのズボンの背後……穴が開いたそこから生える尻尾にある。


 ゼンだと思って振り返れば、予想外の小さな存在が、私の手を握っていた。


 それは人ではない、見るからに人ではない。

 だというのに、形状はとても人に近しいもので、その違和感を気にしなければ、それは人と言って差し支えない。


 幼い体に比例するかのように、瞳はキラキラと目を輝かせている。その漆黒の闇の中に、星が浮かぶかのように。


「ええっと……」

「そこをどきな!」

「え!?」


 戸惑う私の体に、衝撃が走る。地面に尻もちついた瞬間に、突き飛ばされたのだと理解する。


「ノンナリエ!?」

「こいつは魔族だ、離れろ!」


 ああやはりな。それが最初の感想。というよりも、納得した感じ。

 そりゃ見るからにそうなのだけれど、実物を見たことない私には、そういった人種がいるのかもしれないと思う部分もあった。実際、獣人達はかようにツノを生やした者がいるのだから。


 とはいえ、獣人は人とは言えない容姿をしている。二足歩行ではあれど、しゃべる獣と表現したほうが近い。


 対して目の前にいる幼子(おさなご)は、ツノや尻尾を除けば、人と言って差し支えない容姿をしている。

 獣人と人のハーフであっても、ここまで人に近くはならないだろう。


 加えてこの場所に、そういった種族が居る可能性は極めて低い。

 ここは魔の森。魔が棲まう場所。

 人はおろか、腕に覚えのある獣人ですらも入ることのない場所なのだ。


 そこに子供がいるなど、おかしいの一言に尽きる。


 でも、だ。

 ゼンという前例が今ここにはある。


 本来居るべき場所ではないところに、人間の子供がいるのだ。

 なにかしらの種族の子供が居ても、それはそれで実はおかしくはないのかも。


 なんて考えている時点で、私の思考回路はどうにもまとまらずに爆発寸前なのだろう。


 つまり、頭が冷静に働かない。

 だからノンナリエの言葉を素直に受け止めるほかない。


 私はツノと尻尾が生えた子供の前に、目線の高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。


「あなた、魔族なの?」

「メリッサ、無警戒に魔族に話しかけてんじゃないよ!離れな!」

「ノン、うるさいからちょっと黙ってて」

「んな……」


 私の言葉に衝撃を受けたような顔をして、ノンナリエが黙り込む。よし、そのまま会話が終わるまで待っててね。


 私は再び子供を見た。


「あなたこんな森の奥で何してるの? お父さんやお母さんは?」

「……あっちにいる」


 おお、返事してくれた。

 中性的な顔立ちで、黒髪は肩より長い。声も子供だから性別の判じようがない。

 どうやら警戒しつつも、私の手を握った子供は不安をより強く感じているようだ。


 私の手を握る手が、少しばかり震えている。


「戻らなくていいの?」

「遊んでたらはぐれたの。この森にはオバケがいるから怖くて……」


 どうやら遊んでいたら(こんな真っ暗な森の中で? という疑問は、今は忘れる)、親元から離れてしまったらしい。

 怖くて動けなくなっていたところに、私達の姿を見つけて寄ってきたといったところか。


「よし、キミの親がいる場所まで一緒に行ってあげよう」

「ちょいと!?」


 私が出した提案に、ノンナリエが驚きの様子で声をかけてきた。


「あんたなに考えてんだい!? この子の親ってことは魔族だよ!?」

「でしょうね」

「あんたねえ、危機意識がなさすぎ! この子の親元に行ったところで、いきなり殺されちまうよ!?」

「まあそこは、光魔法で防御壁張っておきますから……」

「そういう問題じゃないだろ」


 最後は脱力したように、額を押さえて力なく言うノンナリエ。


「危険は分かってますよ。ですのでノンはゼンと一緒にここで待っててください。私はこの子を親元まで案内したら、すぐに戻ってきますから」

「……勝手にしな」

「そうさせてもらいます」


 何を言っても無駄だと理解した……というように、呆れた様子のノンナリエと、心配そうなゼンを置いて私は魔族の子供と共に森の奥へと向かった。


「あなたのパパとママ、こっちにいるの?」

「うん。ママはいない、パパだけ」

「そっか」


 こんな幼いのに──魔族の年齢ってよくわからないけれど、見た目は人間の5歳児くらいだ──ママがいないなんて、寂しいよねえ。


 ふと、アーサーのことを思い出した。赤ん坊なのに、ママはいない彼は、精神年齢18歳で何を思うのか。やはりアーサーも、母親が居ないことを寂しく思っているのだろうか。だとすれば、早く帰らねば。


 寂しい思いをさせたくないと、母親代わりをしてきたのだ。

 ゼンや村の子供たちに、この魔族の子も大事。

 でもやっぱり私にとって一番大切なのは、アーサー。


 早く会いたいと思いながら進める足は、けれど子供に合わせているのでもどかしいほどにゆっくりだ。


「あっち」

「あっち? もう近い?」

「うん」


 子供の指し示す方角へと向かう。

 私の魔法がなければ、きっと真っ暗であろう森の奥。こんな場所で、こんな真っ暗な中で、この子供は平然と遊んでいたというのか。

 やはり紛れもない魔族ということなのだろう。


 と、急に生い茂った木々を抜けて、広々と開けた場所に出た。

 広場の中央には、小さな湖……というには小さすぎるので、小池が妥当と思われるものがある。その池のほとりに、その人……いや、魔族は座っていた。


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