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53、行きはよいよい、帰りは恐い!

 

「……で、どうしてキミがいるのかな?」

「ついてきた(テヘペロ)」


 魔の森奥へと向かおうとして、背後でノンナリエの「あ」が響いた。不穏なことこの上ない「あ」に、もしやもう魔物が出たのか!? まさか魔族!? と緊張と共に背後を振り返れば、視線を下にずらすこと数十センチで、私はその存在を目にすることになる。


 もうすぐ八歳、現在はまだ七歳の茶色の癖っ毛頭の持ち主、それをゼンという。


 そのゼンが、なぜかそこに立っていたのだ。


「いや、テヘペロじゃないし! どうして付いてきちゃったの!? 危ないからすぐに帰るか、薬草採取中の大人たちと一緒にいてちょうだい!」

「嫌だ!」


 はい、出ました。

 大人の言うことを素直に聞かない、子供の「嫌だ」出ましたよ。


「嫌だじゃないでしょ! 危険なの! 奥には昼間でも魔物が出る可能性があるの! 危険なの! 何度でも言うわよ、あ・ぶ・な・い・の!」


 どうだ、理解したか! と鼻息荒く言えば、「変な顔~」と言われてしまった。よしいい度胸だ、表出ろ。「もう表に出てるよ」そうですね、ノンナリエのツッコミが冷静で悲しくなる。


 思わずお尻ペンペンしそうになるが、よその子にそれはさすがにしちゃまずい。

 冷静になるべく、一度大きく息を吸って吐く。もう一回吸う。「吸って~吸って~」じゃないわよ小僧、肺が空気でパンパンになって痛いわ。


「ゼン」


 これは私ではなくノンナリエ。ゼンの登場に動じること無く、常に冷静な彼女は今も冷静に声をかける。


「吊り橋渡って村に帰りな」

「嫌だよ、あの橋恐いもん」


 いや、今キミ渡ってきたよね?


「メリッサ、知らないの? 行きはよいよい帰りは恐いって言うんだよ」

「そんな前世的な知識、どこで手に入れた」

「みんな言ってるよ」

「さいで」


 どうやら行きはよいよい……はどの世界線でも共通認識だそうです。


「ならそこで大人たちと待ってな」

「やだよー。あっちの大人より、ノンたちと一緒のほうが安全ぽい!」

「そりゃ私は強いさね。メリッサはともかく。でもね、この先なにがあるかわからないんだよ、未知数の危険が潜んでいる場所に、あんたを連れて行くわけにはいかない」

「もう戻れないよ」


 私と違って説得力ある話し方に、ゼンは一瞬悩む素振りを見せたが、不意におかしなことを言い出した。


 もう戻れない? どゆこと?


 ゼンが指し示す、元来た道……私とノンナリエの背後を振り返り、私は呆気にとられてしまう。


「え。み、道がない!?」


 なんと、すぐそこ、見えていたはずの森の入口がどこにもないのだ。あるのは鬱蒼と生い茂る木々と緑だけ。つい先程まですぐそこで作業していた、薬草採ってた人たちはいずこへ!?


「ノンナリエ、メリッサ様、大丈夫ですか!?」


 いや、いた。

 声だけは聞こえた。

 どうやら一瞬にして森が姿を変え、私達の間に突如として木が現れたらしい。さすが魔族管轄の森、やることがスケールでかい。


「私らは大丈夫だけど、あんたらは一度村に帰りな。なんだか今日の森は変だ」


 ワサワサ生えて邪魔する葉や木の幹で見えないが、たしかにそこにいるであろう大人たちに声をかけるノンナリエ。分かりましたと返答はすぐにあり、引き上げる足音が聞こえた。


「私達はどうするの?」

「ま、最終手段は木々をぶった斬るしかないだろうね」

「できるんですか?」

「できないと思うのかい?」


 かあっこいい~。

 そこに微塵の不安も感じさせぬ自信に満ちた笑みが、私達を安心させる。


「ま、最悪私とゼンだけ闇魔法で出ることもできるしね」

「置いてけぼりは勘弁してね!?」


 本気なのか冗談なのか分からぬ、あまりにいつも通りすぎる笑みを浮かべるノンナリエに、思わず涙目で懇願したわ。


 とまあ、冗談はさておき。

 進むしかなくなった状況に、思わずゴクリと生唾呑み込む。


 不意に手に温かな何かが触れる。

 見ればゼンが不安そうに私の手を握ってきたのだ。


 それを見た瞬間、私の中の恐怖心は一気に消え失せる。子供を守らねばという母性本能、すごい。


 安心させるようにギュッと握り返して、私は森の奥を睨む。


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