52、ちゃっちゃと終わらせてしまいましょう
魔族領土の入口にある巨大な森……通称魔の森は、近づいて見れば、遠くから見るより一層おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
「……迫力ありますねえ」
「そりゃ魔族が支配する森だから」
発する威圧感に圧倒される私とは真逆に、平然としているのはノンナリエ。てか、村人もさっさと薬草採取始めているし。怖くないのか。
「さっき村人が言ってただろ、昼間はさほど危険じゃないって」
「まあ魔族は夜を好むって言いますから」
「魔物も同じ……というか、人間領土内の森でも同じだろ。獣は夜行動する種が多い」
「では、今頃はねぐらでみな寝ているとか?」
「さてね。魔物の習性なんて、詳しいやつはいないだろ」
おっしゃるとおりで。魔族はもちろん、魔物のことを詳しく研究するような酔狂な輩はいない。いたところで、調べる方法がないのだ、未だ魔物に関するデータは非常に少ない。
「あの肉、本当に魔物のものだと?」
「わかりません。でも可能性がある以上、調べておいたほうがいいと思うんです」
「一応聞いておくけど、魔物の肉を食べたらどうなるんだい?」
「わかりません。浄化したお肉は普通に、人間が食べる獣のお肉となんら変わりがありませんでした。ただあんな穢れたものを食べたら……最悪発狂するかも?」
「そりゃ恐いねえ」
「あくまで推測ですが。穢れを好んで取り入れる人なんて、そうそういないでしょうし」
「でもあんなふうに、隣町では普通に売っていたんだ。気づかず食べているやつは多いだろうさ」
「発狂した人の話や噂、聞いてませんか?」
「いいや」
ということは、まだあの肉が販売されるようになって日は浅いのだろう。もしかしたら、初めて販売されたものをノンナリエが購入したのかもしれない。
「にしても、あんたやけにやる気だねえ」
「そりゃこの問題を解決させたら、故郷へ帰れるかもしれませんから」
「帰れるとでも?」
「食糧問題が改善されたら、村にとっては大きな一歩になるでしょ?」
「なるほどねえ。村を良くして、気持ちよく故郷に帰ろうってか」
「そうです」
「隠さないね」
「隠してどうなるんです?」
隠して逃げられるなら、そうもしよう。でもノンナリエに協力してもらったほうが、ことがすんなり動くのは十分に理解している。
ならば、素直に話したほうが、何事もスムーズに動くというもの。
「あの子供たちの笑顔を、消したくありませんから」
真剣にやりますよ。
暗にそう言えば、伝わったのだろう、ノンナリエはにやりと笑って、それからスラリと剣を鞘から抜き放った。
「ノン?」
「愛称で呼ぶなって。……行くんだろう?」
それは問いではなく、確信。確定事項を念押しする問いかけに、私は静かに頷いた。
「行きます。みなさん、何かあれば大声を出してくださいね」
すぐに駆けつけますから。
ひたすら薬草の採取に集中している村人たちに声をかければ、彼らもまた無言で頷いた。
「お二人とも、お気をつけて」
「ええ。それではまた後で」
村人に手を挙げたときには、すでに彼らの視線は薬草に向かっている。長時間ここにいるのは危険だと理解しているのだ、早く終わらせようと村人たちも必死。
ならば私も早く終わらせるために必死にならなくちゃね。
「さすがに夜にこの森には入りたくないもの」
と言っても、目を向けた森の奥は、どこまで続くのかと思うほどに果てがない。でもって、暗い。明るい時間に来たっていうのに、森の奥は想像以上に暗くて、真夜中のようだ。
ゴクリと生唾飲み込んで、ギュッと胸元の服を掴む。
(メリッサママ!)
脳裏に浮かぶのは、可愛くも愛しい、義理の甥。
甥であり、息子のような弟のような。
大切な存在。
必ず帰るからと心の中で話しかける。あの子まで届けと願いをこめて。
「私を守って、アーサー」
声が届いたかどうかはわからない。
ただ一瞬風が吹いて、私の言葉をさらった。




