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49、料理のコツは最後に浄化ってね

 

 愛しい旦那様と甥っ子。

 ザカルディア村の住人、特に幼い子供たち。


 どちらかを選ぶなんてこと、もうできなくなってしまった。一度でも関わりをもってしまったが最後、選択は私には無理。


 ノンナリエがそんな私の性格を読んで事に及んだのかは分からない。だがもしそうであったなら、見事に彼女の策略にはまったといえよう。……だからって、彼女の意にそいたくないと、この村を出ることもできない。


 その見事な策略でもって、私をこの村に留めることに成功した張本人。ノンナリエが今何をしているのかと言えば……


「エプロン姿、よくお似合いですね」

「美人は何を着ても似合うのさ」


 綺麗な銀髪をまとめ、エプロンを身につけながらお椀にスープを注ぐ人。炊き出し作業員の一人がノンナリエ、その人である。

 本来なら苦笑ものなそのセリフも、本当の美人が言えばそうだねと頷けてしまうのだから凄い。


(クラウド様は、どうしてこんな美人と別れちゃったのかしら)


「ちなみにクラウドは、容姿を気にしないやつだ。だからあんたを選んだ」

「へ」


 変な声出たわ。

 私の考えを読んだの恐い、という以前に、なんか引っかかること言われた気がするのだが。


「どうせ私は美人ではありませんよ。なのでエプロンも似合わないんです」

「そうだね。あんたはあんたのやるべきこと、それをすればいいのさ」


 その『そうだね』は、美人じゃない発言かエプロンが似合わない発言か、どちらに対してですかねえ!?

 ……どっちに対してでも腹立つけど! 相手が美人だから言い返せないのが悔しい!


「わ、私だって、あと五年もすれば……!」

「すれば?」

「少しは大人の色気が……」

「出るとお思いで?」

「……思いますせん」

「どっちなんだい」


 ねえ、私の眠りし女の魅力よ、出るのか出ないのか、どっちなんだい!?


 ……という話は置いといて。


「あのう、ノンナリエさん」

「なんだ」

「私、こんなふうに自由に動き回っていてもいいんですか?」


 こんなふうに、と言って手を広げる私。

 周囲には、私を監視する者がいるでもなければ、「村の外には出さん!」という門番がいるわけでもない。

 いるのは妙に懐いてくる子供たちだけ。


 実際、私は村の外に出て周囲を見回っているのだ、誰も伴はおらずに一人で。

 囚われの身(?)の自分で言うのもなんだけど、そんな自由で良いのだろうか。いつでも逃げ出せるじゃないか。


「あんたはこの子らを放って逃げ出さないからね」

「……」


 やっぱりバレている。彼女には私の性格がお見通しってか。

 我ながら人が良すぎるのは分かっているし、愚かだとも分かっているさ。


 ここがどこかは分かっている。自分の家に帰るのも……かなり距離があるから時間もかかるし、お金もかかりそうだが無理ではない。人間死ぬ気でやればなんとかなるもの。


 一度クラウド様たちの元へ戻ってから、また改めてこの村に来れば良い。それから色々と対処すれば良い。

 そんなことは、分かっているのだ。


 でも、と考える私の手をギュッと握る小さな手。

 見上げるのは、私を信用しきっている純粋無垢で綺麗な目だ。


 ようやく笑顔を取り戻した子供たちから、今少しでも離れようものなら、きっと彼らは心に傷を負う。たとえ私が後日戻ってきたとしても……それでも失われた信頼が戻ることは、二度と無いだろう。


 理屈じゃない。


(今、この村を離れるべきではない)


 それは直感。

 私の当てにならない、それでも無視できない直感なのである。

 そんなわけで、私は自由の身でありながらも村を離れ、逃げることができないでいる。


 どうしたものかしら──なんて思いつつ、用意された大鍋のスープに目をやったとき。


「あれ」


 私はそれに気づいた。


「ノンナリエさん、このスープには何が入ってるんですか?」

「干し肉と野菜だけど?」

「材料はどこで手に入れたんでしょう?」

「隣……といっても随分離れてはいるが、村から一番近い町でだよ」

「そのお店、どこでお肉を調達してるとか分かります?」

「さあて、聞いたことないね。一体なんなんだい?」


 質問攻めな私に怪訝な顔をするノンナリエ。

 今からお椀に注ごうとしているのに、と手を止めるノンナリエを無視してジーッと鍋を睨んだ。そしてウン、と一度頷く。


「このお肉から、穢れを感じます」

「けがれぇ?」

「恨みつらみの感情といったところでしょうかね。恐らく苦しんで死んだか……とにかく、悲しい死に方をした獣のお肉なんでしょう」

「え」


 私の言葉に、さすがにそれは嫌だなと顔をしかめるノンナリエ。状況が分からずキョトンとするのは子供たち。

 しかし、せっかく用意された料理を廃棄するのはもったいない。恨みつらみがあれども、こうやって料理されたのに食べてもらえないお肉も、それでは浮かばれず余計に恨みが強まるというもの。


「浄化するので待ってくださいね」


 言って私は大鍋に手をかざし、意識を集中させる。

 すぐにパアッと手から光が放たれ、鍋が光に包まれた。


 おお……と声を上げたのは、子供たちか大人か。まあそれは誰でもいい、邪魔する者がいないならそれで。


 少しして光は消えて「もう大丈夫ですよ」と私が言えば、ノンナリエは疑わしげに鍋を覗き込み、お皿にとったスープを恐る恐る口にした。毒なんて入れてませんよ。


 直後、パッと顔を上げたノンナリエの顔は、思った以上に明るい表情。


「なんだいこれ、なんの調味料も足していないのに、すっごい美味しくなってるんだけど!?」

「浄化しましたから」


 ニッコリ微笑めば、ちょっと目を丸くするノンナリエ。なんだか嬉しいね。

 それからすぐに食事は提供され、大量にあったそれらはあっという間に無くなってしまったのであった。


 それを満足気に見ていた私は、ふとあることに気づいたのである。

 

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