48、今日の献立は白パンに野菜と干し肉スープだそうです
「これでよしっと。怪我は治しましたが、失われた体力は治療対象外です。ちゃんと食べて栄養取って休んでくださいね」
教会に訪れた治療希望者に光魔法をかけ、治療する。本日も朝から満員御礼であったが、ようやく一段落といったところか最後の患者に声をかけた。しかしとうの患者であるところの、ザカルディア村に住むおじさんは浮かない顔だ。
「どうかしました?」
「治療は感謝するけどね……簡単に栄養取ってと言うけどさあ、嬢ちゃん。この村で一体どうやって栄養とれって言うんだい?」
たしかに。
村はあふれんばかりの怪我人病人で、まともに動ける人はわずか。数日前にこの村に来た私は、連れられた教会の外にまで溢れ出していた患者さんを、全て治療して回った。
完治したのは良いのだけれど、私がかける言葉に対してみんな同じような返答をしてくる。
つまりは、どうやって回復に努めろと言うのかって。
この数日、治療以外に時間をさく余裕はなかったが、溢れていた患者を全て治療し終えると、その日その日に出る怪我人病人を治療すればよいのだから時間もできる。
その余った時間を利用して村や周辺を見回って私は理解した。
この村は、本当に何もないってことを。
まず自給自足ができない。
魔国が近いことが影響しているのか分からないが、とにかく土地が痩せ細りすぎ。あんな土ではまともに作物を育てることなんてできやしないだろう。
となれば市場や行商人から購入か、近隣の村に調達しに行くしかないが、全てにはお金が必要。それは悲しくも世界共通ルール。ときに物々交換ができるけれど、交換する『物』がないときてる。
まともな食事なんて、夢のまた夢。
ちなみに私は、私が倒れては困るとノンナリエが用意してくれている食事をとっているから、今のところは元気ハツラツではある。だが逆にそれが申し訳なくも思ったり。
『時々は、あたしがこうやって物資を援助してるんだけどね。それを常にやれるわけもないし、結局は自分たちでどうにかできるようにならないと、村に未来はないんだよ』
とはノンナリエの言葉。
実に苦々しげな顔で言っていた彼女は、想像するにきっと悪いことして稼いだお金をこの故郷に還元しているのだろう。
悪いことをするのは良くないし、アーサーを誘拐したことは未だに許すつもりはない。
だがそういった仕事のほうが実入りが良いのは事実であり、きっと彼女はこれからもやめるつもりはないに違いない。
ただ、悪事に手を染める理由がこのザカルディアの現状にあるならば、それを改善できればもしかしたら彼女も足を洗うのかも?
「しばらくはノンナリエさんが用意する炊き出しがあります。それは栄養たっぷりですから、それを食べて休んでください」
「そうさせてもらうよ。あんがとな嬢ちゃん」
おじさんはそう言って、手をヒラヒラ振りながら教会を出ていった。
やれやれと息を吐いて、教会の中を見渡す。
来た時はあちこちで人が横たわっていたけれど、今はそういった人は一人も居ない。一人残らず治療したからね。
さすがに最初は人数多くて一日で終わらせることは無理だったが、それでも数日もあれば対応できた。
そして今、教会は本来の機能であるところの、神のおわします場所となっている。
救いを求めて祈る人々。
と。
「なーなーメリッサ、ちりょー終わったんなら遊ぼうぜー!」
「い゛っ?!」
不意に一つにまとめた金髪がグイと後ろに引っ張られて、思わずのけぞる。
今グキッていった。首がグキッていったあ! 痛ぁっ!
「こらゼン、髪を引っ張らない!」
「だって引っ張るのにちょうどいいからさあ」
「良くない! 今度やったらお尻ペンペンよ!」
「うーわ、暴力反対~!」
もうすぐ八歳になるゼンは、この村の少ない子供の一人だ。
貧しい村で子供を作ろうという人は少ない。それでも産まれる命はあるのだ。
教会はそんな子どもたちの、遊び場と化している。
「ねえねえメリッサ、お腹すいた~」
「あーうん、そろそろ炊き出しの時間だね。貰いに行こうか」
「今日はパンあるかなあ?」
「たしか今日は白パンがあるって話だよ」
「白パン!? 私大好き、やったあ!」
ゼンとは別に、彼より幼い子どもたちが私の周りに集まって、嬉しそうに笑う。ふふ、可愛いなあ。
今でこそ笑顔に満ちている子どもたちだが、最初はどの子にも笑顔なんて無かった。それは大人も同じ。
みんな死んだような表情をしていたのだ。それほどに、この村の置かれた状況は深刻だったのだ。
私の治療と、ノンナリエの炊き出しやら物資支援で、少しばかり活気づいてきた村。
大人が元気になれば、自然と子供に笑顔が戻る。子供が笑えば大人も笑う。
それは当然のようでそうではないのだと、突きつけられた現実が私の胸を締め付ける。
(もし、私がこの村を去ってしまったら……)
ノンナリエは私を帰さないと言った。だがきっとクラウド様は私を見つけてくれるだろう。
それにアーサー。私の甥であり、弟のような息子のような可愛いあの子。
村の人々も子どもたちも大切に思う気持ちはあれど、それでもやっぱり帰りたい場所が私にはある。村の子供達の相手をすればするほど、よりその気持は強くなる。
だが去ってしまったら、この村はどうなるのだろう。
でも帰らなかったら、夫と甥はどうなるのだろう。
どちらも選べない。
そのことに、私はギュッと拳を握りしめることしかできない。




