44、こんなシリアス展開は誰も望んでない
「これは……」
「酷いもんだろ?」
言われて息を呑む。酷いなんてものじゃないと思ったから。
村は異臭で満たされている。整備のなされない村の状況は、荒れ果てた大地に適当に屋根のあるテントを建てたような、簡素な建物しかない。
かろうじて道と呼べるものを通れば、ふと視線の端に人が倒れているのが目に入った。
「治療を……」
「無駄さ。あれはもう死んでいる」
死。
その言葉をあまりに簡単に口にするノンナリエに、私は初めて恐怖を感じた。
「それより教会だ。この村の唯一にしてもっともまともな建物、それが教会。そこには常に怪我人が運び込まれている」
「常に?」
「そりゃそうさ。こんな魔国と隣接した村が、平穏無事な生活を過ごせると思うのかい?」
過ごせるとは思わない。
私は魔物や魔族と遭遇したことはないけれど、どこかしらの場所では突然出没しては、人々を苦しめていると聞く。けれどそうであれば、必ず国が兵を派遣したり、各々で防御策を講じるものと思っている。
「国は……警備兵はいないのですか?」
思い出されるは義弟、ラウルド様の顔。彼が派遣されている母国最北端の地、ムッシュールディ。あそこは魔族ではないが、隣国からの脅威にさらされている。
でも観光地になるほどに賑わっているのは、ひとえにラウルド様のように、派遣された剣武の才に恵まれた者が大勢いるからだ。
だがノンナリエは私の問いに鼻で笑う。
「この国の王はね、そういうことに一切兵をさかないクソ野郎なのさ」
「……」
「あんたの国はいいよね、有能な王がおさめていて。でもねお嬢さん、世界は広く国は数多に存在する。有能な王もあれば、無能な王もいるんだよ」
そう言ってノンナリエは笑みを浮かべるが、それは冷え切ったもの。苦々しい笑み。
「それでも彼らにとっちゃ生まれ故郷。それを捨てて移住は……まあ可能な者はするけれど、大抵の者はそんな余裕もなくここにとどまる」
つまり生まれ故郷であろうと、可能であれば移住したいと。けれどそれができないのは、やはり生活があるからだろう。
「こんな村でも、一応の生活基盤はある」
キョロと見渡せば、小さな市場のようなものもある。物資は全くないわけではない。だが少ない。
「こんな村に産まれたからこそ、屈強な戦士が育つこともある」
そう言って、ノンナリエは剣の鞘を撫でた。
「ノンナリエさん、あなたはこの村の……?」
「村を捨てた薄情な一家の娘さ。あたしの親父は悪どいが商売の才があってね、遠い異国の……あんたの国にまで移住できるほどの才能に恵まれた。でもあたしは、6つまで暮らしたこの村のこと、いっときも忘れたことなんてなかったんだよ」
そして大きくなったノンナリエは、この村に戻った。この村の惨状を目の当たりにして……そして私を拐った。
「私に何を求めるのですか?」
「教会に怪我人が大量にいると言っただろ? それで察しな」
「なるほど……」
つまりは、治療のために私は連れられてきたのか。
たしかに私なら、薬や医療の知識がなかろうと問題ない。そこらのヤブ医者より、よほど完璧に治すことができる。
ただし、魔力には限界がある。
「怪我人がいるということは、魔族や魔物が襲ってくるということですか?」
「正確にはちと違う。大きな裂け目の向こう、森が見えたろう?」
「鬱蒼とした森がありましたね」
「あそこには、希少な薬草が大量に生えている」
「え。向こうに行く方法があるのですか?」
「心もとない吊り橋が一つね。それも頻繁に切れるから、修繕も大変な代物だよ」
「それで向こうに渡り、いつ魔物に襲われるかもしれない危険に身を投じながら、採集をしてると」
「生活のため、売って金にするため……この村の人間は、生きるために命をかけるんだ」
生きるために命をかける。
矛盾しているようだが、それでもそれが村人の生命線なのだともわかる。
「分かりました。怪我人の治療をします」
「ふふ、素直だねえ。結構な人数だけど大丈夫かい?」
「人数次第ではありますが、魔力には限界があります。一度には無理ですが、数日かければなんとか……」
「へえ。でも何か勘違いしているようだけど」
「はい?」
「全員を治療しても、あんたを国に帰すつもりはないよ」
「え?」
それはどういう?
首を傾げる私に、ノンナリエは当然だろと笑った。
「この村が存続する限り……怪我人が出続ける限り、あんたはこの村に必要なんだ。一生ここで治療にあたってもらうよ、光魔法使いさん」
「え!? いや、それはちょっと……」
「なんだい、まさか村を見捨てるとか言うんじゃないだろうねえ」
ジトリと睨まれて、反論できない自分がいる。
あ、詰んだなこりゃ。




