43、旅行気分にはなれませんね
「さあ着いたよ。降りな」
「え、ここって……」
一体どれだけの時間、馬車に揺られていたのだろう。休憩は挟んだが、知らない村や町を見ても、場所なんて分からなかった。監視が厳しくて住人に話を聞くこともできなかった。
結局そのまま数日馬車を乗り続け、ようやく着いたと言われたときには体がバッキバキですよ。
目的地がどこかなんて、もうこのさいどうでもいい。早く馬車生活をオサラバしたい、そうでなければ私のお尻が崩壊する! と思ったところでの到着の知らせに、私は目を輝かせたものだ。
しかしいざ大地を踏みしめ、目の前の光景を見た瞬間、私は絶句する。
なぜなら、私はここがどこか知っているから……。つまり、現在地がどこであるか分かってしまって、私は絶句したのである。
「ここは、魔への入口……ザカルディア村、ですか?」
しかし勘違いの可能性だってある。私は振り返ってノンナリエに確認の問いをすれば、「お、知ってたかい」という返答があった。私の予想は当たったことになる。嬉しくないことだけれど。
「な、なんでこんな遠くの地へ……?」
「遠いよねえ、ホント遠い。あんたの国からすれば、遠い異国にザカルディアって村がある……という程度しか知らないだろ?」
「魔国との境界にある、人の世界の終わりと聞いたことがあります」
「そうそう、それ。最果ての地、ザカルディア。ま、異国どころかこの国の者でも、この村を訪れたことないもんからしたら、その程度の知識だろうねえ」
そう言って、ノンナリエは肩をすくめた。
人の世界の終わり、それがザカルディア村。
村の近くには大きな地面の裂け目がある。噂では大昔、魔王と勇者が戦った時の名残とか……。
それが真実なのかは、今となっては知る者もいない。
ただ、確かに村のそばには大きな割れ目が大地を二分するかのように、横一直線に広がっていた。その端がどうなっているのか、確認するのは大変だろう。それくらい長い距離の割れ目だ。
その割れ目は大きく、向こうに見える大地は数十メートルは離れている。
そしてその先は、魔族と魔物が住まう魔国へとつながっている。割れ目の向こうに広がる大きな森から、まるでタイミングを見計らったかのように、身の毛もよだつ恐ろしい咆哮が上がった。
「ま、魔物でしょうか?」
「さあね。この村のもんはあんな程度の叫び、聞き慣れちゃってなんとも思わない。知りたければあんた見てきたら?」
「いやどうやって」
「光魔法使いなら、空くらい飛べるだろ?」
「そんなスーパーマンではありません」
「なんだいそれ」
通じないか、まあいい。
とりあえず光魔法に飛行なんて便利機能(?)はない。使い方を工夫すれば飛行魔法に準じた魔法もあれど、今はそれを行使するつもりはない。必要になるその時まで、魔力は温存せねば。
「それで、私に何をしろと? 光魔法は聖魔法ではありませんから、邪悪なる魔族を消滅させるなんてことはできませんから」
これ、勘違いされやすいのよね。光と聖は似て非なるものなのだ。
「消滅させることはできずとも、打ち倒すことはできるだろ?」
「……」
「無言が是を意味してるよ」
「さあ?」
ノンナリエに口で勝てるとは思わない。沈黙こそが私の武器だ。下手なこと言うより、何も言わないのが吉。
だがそれでもノンナリエには、きっと全てお見通しなのだろう。
「ま、いいさ。とりあえず村に入るよ、付いてきな」
ここで私が嫌だと逃げ出したら、彼女はどうするのだろう?
現在地は分かった。脳内に地図を広げて、逃げ出してどうするかを考えることはできる。
ただ、ノンナリエがどう出るのかが読めない以上、やっぱり下手に動かないほうが吉な気がする。
なにせ地図では知っている場所でも、来るのは初めて。遠い異国の地で、どこをどう進んで帰るかなんて……ちょっと無謀すぎる気もする。
それに、だ。
(ノンナリエには、闇魔法使いがいる。あれは光魔法の私からすれば天敵……どんな魔法を使うかも知らないのに、逃げ出すことは得策とはいえないわ)
闇魔法使いの姿はない。けれど感じるのだ、確かなる気配を。闇魔法使いは、どこかから私とノンナリエをいている。
見知らぬ土地、知らぬノンナリエの戦力。
となれば、今は逃げるより言いなりになっておいたほうが良い。
私は静かに頷いてノンナリエの後を追った。
「素直なのは嫌いじゃないよ」
「私はあなたが嫌いです」
「ふふ、本当にあんたは素直だね」
ハッキリと拒絶の意思を示しても、意に介さず微笑むノンナリエ。それは確かに美しく魅力的に見える。
(こういうとこに、旦那さまは惹かれたのかしら)
かつてのクラウド様の恋人だったノンナリエ。一緒にいると、嫌でも(どんな関係だったんだろう)と考えてしまうではないか。
雑念は隙を生む。そして今は、隙を見せてはいけない。
フルッと首を振って気を取り直して、顔を上げる。
魔族や魔物にどれだけ効果があるのか分からない、立派な門を通る。
その先に現れる村の現状に、息を呑んだ。




