42、選択したらピコンと音がするかな
公然の秘密であるところの、私の光魔法。クラウド様と婚約結婚して公爵家の後ろ盾ができても、それでも手を出す輩はやはりいる。
この三年、ほぼ平穏ではあったが完全にとは言えなかった。
未遂も入れれば、誘拐事件は結構あったのだ。
今回ほどの完璧なのは初めてだけれど。
「私を誘拐するために闇魔法を使ったってことですよね?」
「そうさね」
「じゃあ……私の誘拐に対する報酬は高額ってことですか?」
「……なんでちょっと嬉しそうなんだい」
いやあ、なんかちょっとVIP扱いな気分? 照れまんがな。
「違うさ。今回は誰の依頼でもない」
「え。というと?」
首を傾げる私に、銀髪美人なノンナリエがフッと笑った。どんな笑顔も綺麗だなあ、羨ましいなあ、胸でかいなあ羨まし……くないぞ、絶対。
「今回は、あたしの独断であんたを拐ったのさ。闇魔法使いは私の相棒だからね、私の要望なら報酬なくても動いてくれる。あたしがあんたを欲しいと言ったからね」
「え、ごめんなさい、私は既婚者で夫がおりまして」
こんな銀髪美人に惚れられるとか、私が男なら小躍りして喜んだけど……いや、女の身でも喜ばしいのだが、残念ながら私にはクラウド様がいる。彼がいなけりゃノンナリエのお嫁さんになっても良かったんだけどねえ。
「どんな勘違いしてるんだよ。あんた、光魔法の使い手だろ?」
ビシッ。
もし空気がガラスのようであったなら、多分ヒビが入った。いや私は確かに聞いたよ、空気にヒビが入る音を。
それくらいの衝撃。
「え、えーっと、なんのことでせう?」
「なにその言葉遣い。あんた嘘つけないタチだろ」
「いえいえタチも座りもございません。わたしゃちんけな小娘で……」
「あの屋敷に飛び込んできたとき、おもいっきり光魔法使ってたじゃないか」
あーーーーー…………
あの時ですかーーーー……
バッチリ見られていた、と。
マジで最悪なんですけど!
内心頭を抱えたい気分ではあるが、それをしたら光魔法使いであることを認めたも同然。別に隠すつもりはないが、悪党には教えたくない公然の秘密。
なので
▶黙ってる
▶話す
の選択肢があるならば、確実に ▶黙ってる を選択だ。
「私は魔法は使っておりません。旦那様からいただいた魔道具ならば使いましたけど」
どうよ、この満点解答。これならば、いい感じに説得力あるでしょ。
魔法教会や魔塔に属する魔法使い達の一番の稼ぎは、魔力を付与した魔道具作成だ。それらは人々の生活に根付き、時に魔物との戦闘にも役立っている。
公爵家ともあれば、高額な、凄い魔道具だって手に入れられるんだい。
そう言えば、「ははは」と笑われた。すっごい乾いた笑い、いただきましたよ。
全然信じてないな~。さてどうしましょ。
いっそ、光魔法使って逃げるか? どうせそうだと思われているのだ、今更バレても困るものでもない。
でもそうなると今後が面倒なんだよねえ。
こういう裏社会は裏社会で、情報網ってのがある。時に敵になり、時に味方として暗躍する彼らの間で、私が光魔法使いだとバレたら……バレちゃったらどうなるか。
(うん、確実に平穏な日々が遠のく)
これまでは『そんな噂があるよ』程度だったものが、『噂は本当だった』となるのは非常にまずい。
いくら裏稼業の者であろうとも、公爵家においそれと手出しはできない。だからこそ、私が本当に光魔法使いであるか調べる者は、どこにもいなかった。
……拐って調べようって輩はいたけどさあ。
直接聞かれることもあったけれど、そういった質問には「違います」とキッパリ否定していた。そこはね、ほら、やっぱ公然の秘密ですから。秘密をバラすなんてことはいたしませんよ。
一貫して『誤魔化す』しかないな。
そう思っていたら、ノンナリエが私の顔を覗き込んだ。
「あんたこれまでにも誘拐されたこと、あるだろ?」
「え……」
「裏世界のやつらがやってることを、あたしが把握してないとでも?」
「さ、さあ?」
「まあいいさ。とにかく、あんたには私の頼みを聞いてもらうよ」
そう言って、ノンナリエはカーテンの隙間から外を見る。その目が、窓の外の景色ではなく、もっとずっと遠くを見ているようで気になった。
「あなたの頼みとは?」
光魔法使いを調達するなんて、なんとなくは想像できる。
でも詳細までは分からない。
どんな事情があるかなんて分かるはずもない。
私の問いに、ノンナリエはまたニヤリと、綺麗な笑みを浮かべるだけ。




