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40、彼女を傷つける者は誰であろうと許さないと伯父は言う ※アーサー視点

 

 バンと勢いよく扉を開けて、俺達は執務室になだれ込む。……まあ俺はミラに抱っこされている状態だが、細かいことはこのさい置いとけ。


「クラウド様、ラウルド様!!」

「なにごとだ、騒々しい」


 書類から顔を上げるクラウドは、目の下に立派なクマを作っていた。誘拐事件の後処理に追われて、一睡もしてないってとこか。気の毒に。

 俺の血縁上の父親であるラウルドは、ソファに横になって見事な爆睡を披露している。なに呑気に寝とるんじゃい。


「メリッ様がいなく……「いなくなりまちた!」……です!」


 ミラの台詞の間に無理矢理ねじ込む俺の発言。事の重要さは簡単に伝わり、ガタンと音を立ててクラウド伯父上は立ち上がった。


「メリッサが、なんだと?」

「居なくなったのです、旦那様!」

「たしかか?」

「はい。念の為お屋敷中をアーサー様と共に探し回りましたが、どこにも見当たりません!」

「くそ、立て続けになんだというのだ! おいラウルド、起きろ!」

「ぐ~~~、あだ! んが?」


 俺とミラが大声で騒いでいるってのに、俺のオヤジはなぜにこんな呑気なのだ。だから母ちゃんに逃げられるんだぞ!

 ソファで眠りこけるラウルドの頭を軽くこづいて、クラウド伯父はバサッと上着を羽織った。


「いつから見てない?」

「今朝起きてこられて朝食をとられて以来ですから……」

「数時間見てないということだな?」

「はい。申し訳ありません」

「謝るな。屋敷中がパーティーや誘拐事件の後片付けに忙しくしていたのだ、ミラに責任はなにもない」


 落ち込むミラに優しく言う伯父上だが、その目には焦りが見て取れた。


 眠る前に聞いた寝物語……伯父上の、メリッサに対する思いの強さは本物だ。

 彼女がいなくなって、一番不安と心配を感じているのは、紛れもなく伯父上だろう。


 それでも一家の主として、それを顔に出さない。努めて冷静を保つその姿に、凄いなと素直に思った。


「え、メリッサ様が居なくなった!?」


 ようやく目が覚めたか、馬鹿オヤジめ。

 事情を聞いたラウルドが、慌てて起き上がって伯父上を見る。


「アーサーの誘拐事件の後に、メリッサ様の失踪……何か関係があるのかな?」

「さあな。だが可能性は高いと思え。ラウルド、どんな些細なことでもいい、誘拐犯に関する情報を集めてくれ」

「もう指示は出してある。そろそろ情報屋からいくつか届いているんじゃないから」


 そう言ってラウルドは出ていった。情報屋とか、なんかかっけえな!


 クラウド伯父上はそれを見送ってから、顎に手を当ててなにやら思案顔。そうして黙ってるとホント美形だよなあ。まあその血縁である俺も、それなりに美形なんだが……って、今はそんなこと考えている場合じゃないわな。


「叔父上……」


 思わず不安が出てその顔を覗き込めば、いまだミラの腕の中にいる俺にようやく視線を向けた伯父と目が合う。


「メリッサママ、大丈夫……?」


 肉体年齢に引っ張られつつある精神が、幼い心をかきむしる。心配でたまらないと泣きそうになる。

 その思いが伝わったのだろう。

 クラウド伯父はポンと俺の頭に手を置いて「心配するな」と言った。


「メリッサは、必ず無事に帰ってくる。必ず……私が約束する」


 その言葉に嘘偽りを感じない。

 なんの根拠もないというのに、信じられると思ってしまう。

 それはメリッサとクラウドとの間にある絆か信頼ゆえか。


 クラウド伯父は信じているのだ、メリッサが無事に戻ると。そうしてみせると。


 ならば俺も信じよう。寝台で聞いた寝物語。二人の秘密がきっと二人を守ると信じて。


「僕にできることがあれば、お手伝いしまちゅ!」


 だからといってジッとしているのは性に合わない。俺の真剣な眼差しに、フッと笑みをこぼす伯父。


「ありがとう。だが大丈夫だ」


 そう言って窓の外を見る。


「メリッサに何かあったら、私の心が無事ではいられない。だが今は何も感じない、それはつまり彼女が無事であることを告げている。無事ならば……必ず探し出すまでのこと。彼女が家出するとは考えられない、ならば誘拐か、それとも……」


 ただ分かることが一つある。

 伯父は言った。低い声で。


「メリッサの髪一筋にでも傷をつける輩が現れたなら、その時は……」


 そこでクラウド伯父は言葉を切った。

 だが聞こえなかった声を俺は聞いて、ゴクリと喉を上下させる。


(メリッサを傷つけようものなら、その者は命はないものと思え。苦しみながら殺してやる)


 声にならぬ声で、伯父上はそう言った。


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