39、その笑顔を見れば安心できるんだ ※アーサー視点
目を覚ましたら外はすっかり明るくなっていた。
誘拐されて徹夜となり、屋敷に無事に帰還してから長い寝物語を聞いた。それから寝たのがすでに日が傾き始めた夕方のこと。それから丸半日眠っていたらしい。
太陽が随分と高い位置にあるってことは、昼頃なんだろうな。
半日眠ったとはいえ、幼い体での徹夜はかなりこたえた。
まだ寝たりない……と思いながらグルリと部屋を見渡す。
「メリッサ?」
常に彼女がいるわけではない。そんな決まりはないのだ。
でもいつだって、眠りから目覚めて最初に見るのは彼女の姿だった。
だから無意識に……自然と俺は彼女の姿を探す。
けれど部屋はシンと静まり返り、メリッサの存在を伝えることはなかった。
珍しいこともあるもんだなと思いつつも、彼女だって徹夜して、更に俺を救出するという大変な目に遭ったのだ。爆睡していてもおかしくない。
当然のことだと思うのだけれど、感じる違和感をどうにも拭えない。
なんだか気持ち悪いな。
そう思った俺は立ち上がって、転落防止のベッドの柵に手をかけた。まだおぼつかない足取りのこの体では、柵を乗り越えるのは不可能。
でも人を呼ぶことはできる。
俺は柵を掴んで思い切り叫んだ。
「誰かー! 誰かいまちぇんかー! ママー! メリッサママー!」
俺が転生者だと知らない使用人もいる。俺はできるだけ子供らしい感じを出して、声を上げた。
すると間を置くこと無く、パタパタと誰かが走ってくる足音が聞こえた。
メリッサだろうか。
扉が開くのを凝視していると、ノックの後に静かに扉が開いてメイドのミラが顔を覗かせた。
「なんだミラか」
「それは私への挑戦状でしょうか。でしたら手袋を投げてくだされば、雑巾を投げ返しますよ」
「投げないし投げないでね!?」
手袋に対して雑巾とか、妙にメイドくささが出ててイヤ。
「どうされたのですか、アーサー様」
切り替えの早い優秀メイドです。
苦笑して俺は返した。
「ああうん、今起きたんだけど」
「さすがにお疲れのご様子でしたので、起こさないようにメリッサ様に言われておりました」
メリッサと聞いて安堵する。ほらやっぱり、彼女はちゃんと居るじゃないか。無駄な不安を感じてしまったな。
「お腹が空いた。なにか食べたい」
「かしこまりました。すぐにご用意しますね」
「ところで」
「はい?」
「メリッサママは?」
俺の言葉に一瞬キョトンとして、それから不思議そうに部屋を見回すミラ。それにまた違和感を感じて、湧き上がる理由なき不安。
メリッサは「あれ?」と、実に嫌な言葉を口にする。
「ミラ?」
どうしたのかと聞くより早く、ミラが「奥様?」とキョロキョロしながら言うではないか。
ちょっと待て、ミラはこの部屋にメリッサがいると思っていたのか?
「メリッサは、この部屋にずっといたのか?」
「いえ、そうではありませんが……少しばかり見ておりませんので、てっきりこちらにおられるものだとばかり……。でもそうですね、メリッサ様がおられるのでしたら、アーサー様が声を上げる必要はありません。失念しておりました」
「つまり、メリッサの居場所を知らないんだな?」
俺の問いに、気まずそうに頷くミラ。途端、ブワッと俺の体に寒気が走った。
なんだ? この不安は一体なんだというんだ?
そりゃメリッサはいつだって俺のそばにいた。それでも完全とはいかず、彼女がそばにいないことだって時には……無かったな。よく考えたら、四六時中、あいつ俺のそばにいたわ。どれだけ過保護なんだよ。
つまりこれは、メリッサが初めて俺のそばを離れたってこと。
それが普段なら、まあそういうこともあるだろうで流せただろう。
だがあんなこと……誘拐事件があった直後だぞ? それも首謀者を捕まえることができていない。
そんな状況で、はたしてあのメリッサが、俺を一人にするなんてこと、ありえるか?
……絶対、ありえない。
俺はそれほどに、あのメリッサという存在を信じ切っている。でもって、あいつの行動は実に単純で、複雑なことなどけして起こり得ないとも信じている。
だからこの状況の異常さに、俺は慌ててミラを見た。どうやらメイドもことの異常さにようやく気づいたらしい。
「クラウド様とラウルド様にお聞きしてまいります」
「俺も行く!」
連れて行けと両手を挙げれば、逡巡は一瞬。時間も惜しいと考えたか、俺の両脇に手を差し込んで、メイドはすぐに俺を抱き上げる。そして凄い速さで執務室へと向かうのであった。




