37、寝物語11~あの日私とあなたは互いに恋に落ちたのです
「こ、こここ……」
鶏になったわけではない。
あまりに非現実的な状況に、言葉が出てこないのだ。
「これは一体!?」
どうにか絞り出した声は、悲鳴となって部屋に響き渡る。
でもそれ以上の言葉は出てこなくって、口をパクパクさせる私に、狼が申し訳なさそうな顔(に見える)をした。
「これが私に……我が血族にかけられた呪いです」
「しゃべったあ!?」
「姿は変わっても、心は人のままですから。この口ではちょっと喋りにくいですけど、なんとか話すことはできます」
そんなこと説明されても、「はあそうですか」という反応以外、どう反応しろと。
戸惑う私に、狼の姿となった公爵様は言った。
「やはり……気味が悪いですか?」
その言葉に表情にハッとなる。
その……傷ついた顔で全てを悟る。
きっとこの公爵様は、これまで奇異の目で見られてきたのだろう。いくら古くからある呪いとはいえ、全ての人が受け入れられるとは限らない。
否、受け入れられない者のほうが多かったはず。
だからこそ、彼はずっと独り身で……結婚をしなかったのだ。
「気味悪くなんてありません」
気づけば私の口は、ひとりでに言葉を紡いでいた。
「驚きはしましたが、でも……気味悪くなんてない、全然ない。とてもカッコイイ、というか綺麗というか……素敵です」
狼が息を呑むのが分かった。
これまでそんなこと言われたこと、無かったんだろうな。
「この呪いのせいで、子作りができないのですか?」
「ああいや、というより、その……なんというか……」
「?」
「えーっと……そのへんの説明はまたします、はい」
なぜ顔が真っ赤になっているのだろう?
不思議に思っていると、それまで静かに無言で背後に控えていた執事さんがポツリと言った。
「男はみな狼ということでございますよ、メリッサ様」
「はあ」
分かったような分からないような……嘘です、まったく分かりません。
その辺の事情を理解できたのは、もう少し後のことである。
というか、そんなことより重要なことがある。
「公爵様が、あの日出会った、狼の正体ということですね?」
「ええメリッサ嬢、あなたの光魔法で大怪我を治療していただいた狼です」
「……わお」
つまり彼は知ってしまったのだ。私が光魔法の使い手であることを。
これまで家族と一部の人間しか知らなかった、私の秘密を。
彼が言いふらすとは思わない。秘密にしてくれと言えば、きっと彼は秘密にしてくれる。
だが問題はそこじゃない。
私は合点がいったというように、頷く。「なるほど」と。
なにが? というように首を傾げる狼公爵を見て、私は「ようやく理解しました」と告げる。
「なにがですか?」
「私なんかに結婚の申込みをされた理由、ようやく分かりました。私の光魔法が欲しいんですね? それならそうと仰っしゃればよいものを……」
ガッカリしたかと問われれば、物凄く落胆したと私は答えるだろう。とても悲しいとも言える。
「無理に『愛してる』なんて嘘、言わなくて良かったのに……私の貴重な能力、公爵家にとってメリットは大きいでしょうね」
こういうことは言わないほうが自分のためだ。でも私の口は止まらない。
自分で自分を傷つける言葉を、私は止められない。
「分かっています、この魔法がどれほどに貴重であるかを。公爵家の懐に入れれば、大いに役立つはず。公爵家が光魔法の使い手を手中に収めたと知られたら、公爵家の地位は……」
そこまで言って、なんだか苦しくなってきた。
何が言いたいのか自分でも分からない。ただ、悲しいだけ。
言葉を止めた私をジッと見つめていた狼公爵は、「そうですね」と頷いた。ズキンと胸が痛んだ。
「そうですね、確かに光魔法の使い手を手にした者は、大いなる力を手にするも同義。誰もが喉から手が出るほど欲しいと思うでしょう」
自分で言っておきながら、公爵自身に言われるとなぜこんなにも胸が痛むのか。情けないことに泣きそうになっている自分がいる。自虐に走ったのは自分だというのに。
しかし、次に公爵は「しかし」と続けた。
「そんなことは関係ありません。あなたの光魔法のことなんて、誰にも言わなければ良いし、そうすると公爵家にとってメリットなぞ無い。つまり、私があなたを娶りたいと言った理由はそこにはないのです」
「と言うと?」
「つまり……私は本気であなたを愛していると言っているのです」
不意に狼は人の姿に戻る。服もそのまま。まるで狼姿が幻であったかのように、元の公爵がそこに立っていた。ただし顔は熟したトマトのように真っ赤だけれど。
「私の姿を目にした者に、恐れられることは多々有りました。化物、魔物、悪魔……色々言われてきましたが……綺麗だと言われたのは初めてだったんです。あんなふうに優しく治療してもらってことも……すべて初めて……あなただけなんですよ、メリッサ様」
「私だけ……」
「ええ。あのとき、私を綺麗だと言ってくれたあの夜、私はあなたに恋に落ちました。あなたを愛し恋い焦がれ……どこの誰なのかと必死になって調べて。ようやく見つけた時の私の喜びを、あなたは分からないでしょう?」
「恋に落ちた?」
「はい」
呆ける私に向かって、公爵はスッと手を差し伸べた。
嘘偽りを感じさせない、誠実な優しい笑みでもって、彼は言ったのだ。
「愛していますメリッサ。どうか私と結婚してください」
その手をとらない選択は……私には無かった。




