36、寝物語10~呪いはノロイ
これはあれかな。『クラウド様と同じような青い瞳』と言ったのがまずかったのか。
狼に恋していると言いながら、目があなたと同じ色だったんですよ、なんて、勘違いを生むには十分すぎる。
遠回しな告白ともとらえかねない。
いやそうじゃないんだよと、どう言ったら理解してもらえるかしら。
困っていると、真っ赤な顔のクラウド様が、口元を押さえながらなにやらモゴモゴ言っている。その手はニヤける口を隠そうとするためのものですねわかります、そして誤解なんですゴメンナサイ。
「ええっと、クラウド様、私は……」
「やはり全てお話しすべきですね」
「え?」
なんとか弁明をと口を開いた私にかぶせるように、クラウド様が言った。
首を傾げていると、「私の秘密をお話しします」と言うではないか。
秘密とな。
やっぱりな、と一気にこの婚姻話がきな臭くなってきたぞ。やっぱりメリットしかない結婚なんてないんだ。
一体何を言われるのかと身構える私に対し、ニヤけ顔から一変真顔になったクラウド様が私を見つめる。それから言いにくそうに何度か口を開けて閉じてを繰り返し……意を決したように私を真っ直ぐ見据えた。
「幼少期の病気で、と申しましたが、実際は少し……いや、かなり違うのです」
「違うとは?」
「病気ではなく……呪いなのです」
「亀の歩み?」
「そうそう、ノロイ亀は地道に歩いて足の早いウサギを抜き去り……違うそうじゃない」
いい感じのノリツッコミだなあ。その点は非常にプラスポイントですよ公爵様。
しかし話は真面目な内容らしく、コホンと一度咳払いした公爵様の顔は真剣そのもの。これはおふざけ厳禁だなと、私も真面目に聞くことにした。
「我がフォンディス家は、初代から続く呪いがあるのです。それは次期当主にのみかけられる呪いであり、その呪いが発言することはすなわち次代の当主となることを意味します」
「へえ」
家督争いって色々あるけれど、フォンディス家は呪いを受けた者が次期当主となる決まりから、家督争いとは無縁だそうな。それは便利だなと思うが、呪われるのはあまり嬉しくないね。
「その呪いが、繁殖機能が駄目になるってやつですか?」
「それは呪いに付随する……一種の副作用のようなもの。呪い本来のものではありません」
「では一体?」
どんな呪いなのですか?
問う私に、ここまで言っておきながら言い淀む公爵様。
なので安心させるべく、私は言った。
「ご安心ください。安心できないかもしれませんが、私はこう見えて口が非常に固いんです」
普段はおちゃらけていても、物事の分別はついているつもり。言っちゃまずいことは冗談になんてしませんよ。
そう言えば「別に秘密ではないのですが……」とのこと。
なんでも、公爵家に受け継がれる呪いは、知る人ぞ知るなものらしい。
「初代からですから、もう数百年にもなります。それを隠し通すのは無理な話。とはいえ、遠い過去から続くものですので、今更大きな話題ともならない。それが我が家の呪いです」
「なるほど」
つまり別に目新しい話でもないから、みんなもう慣れっこになっているというわけね。
ただ公爵家と関わりのある大人たちは知っていても、関わりの無い者や、私のように世間に疎い子供には知られていない公爵家の秘密……公然の秘密ってやつだ。
「して、その呪いとは?」
もったいぶらずに教えてよ。
暗にそう言えば、何かを言いかけて、やっぱり口を閉じる公爵様。
じれったいなあ、と思っていたら、窓の外にふと目を向けるので私も何気なく窓の外を見た。
そこにはすっかり日が暮れて真っ暗な夜がある。今何時? 夕飯の時間はとっくに過ぎているんじゃないかしら?
両親は話が終わるまで邪魔すまいと気を使っているのか、一向に来る気配がない。
弟たちが辛抱できるとも思えないので、きっと家族の夕飯は済んでいることだろう。……どうか私の取り分が弟たちの胃袋に収まっていませんように。
なんて思っていたら、公爵がスタスタと窓に向かった。
「今夜は満月ですね」
言うから私も窓の外を見上げて頷いた。
「立派な満月ですね」
なんだろう。まさか『月が綺麗ですね、は「あなたを愛しています」の意味なんですよ』とか言うんじゃないでしょうね。そんなこと言われようもんなら、無言で家から追い出しますよ。さすがに14歳にその言葉はキツイ。
だが公爵様はそんなことを口にすることなく、私を見る。
そして言った。
「私の呪いを見てください」
「……え?」
言うが早いか、『変化』が始まった。
体を曲げて奇妙な動きを始めた公爵様に、ギョッとなったのは一瞬。
目を見張る私の眼の前で、あれよあれよと変化は進み……あっという間に眼の前には大きな狼一頭。
「え……えええええ!?」
混ざりけ無しの黒一色のモフモフな毛に覆われた、大きな狼。
空より青い瞳を宿したそれが、私を射抜く。
会いたいと思っていた存在が目の前に突如として現れ、私にできるのは叫ぶことだけだった。




