34、寝物語8~夫婦になったら、あんなことこんなことするんだろうか…
「初めまして、クラウド・フォンディスと申します」
その黒髪と青い瞳に魅了された。彼がそう名乗った瞬間、私の心の中に強い風が吹いたのである。
お見合い相手であるところの物好き公爵、クラウド様。子爵という、身分としてはかなり下のほうである私に対し、彼はけして偉そうぶることもなく、丁寧に頭を下げて挨拶してくれたのである。
その見目は本当に麗しく……美しい。男性を綺麗だと思ったのは、人生初だ。それほどの美をクラウド様は兼ね備えていた。年齢だけ聞いてオジサンと言ってゴメン。その事実は闇に封印しよう。
クラウド様の背後では、老齢の執事が恭しく頭を下げる。執事どころか使用人ゼロの我が家からすれば、それだけで住む世界が違うんだと痛感する。
着ている服も、質素に見えるが生地からして凄く高そうなのは、私にだって分かる。それくらいは分かる。
ていうかさ、クラウド様が履いてる靴、あれ一足だけで今の私を包む全身コーデよりお高いんじゃない? なにせ私の服は、街の古着屋から掘り出した、なんちゃって貴族っぽく見える服なのだから。もちろん見えないところにツギハギあるよ。
クラウド様からすれば『ツギハギってなに?』なんだろうなあ。無縁なんだろうなあ。
そんな高級服に身を包んだ彼が、なぜうちみたいな貧乏貴族のボロ屋敷に来ているんだ?
なんかもう恥ずかしくなる。お出ししたお茶とお菓子も、我が家からすれば目ん玉飛び出るくらいにお高いけれど、きっと彼からすれば小遣いレベルのお値段なんだろうなあ。
なのでこのまま口をつけずに帰って欲しい。うちの弟たちが一瞬で食べ尽くすから。あなたのお口に合わないお菓子は、どうか見なかったことにして。
なんて思っていたら「メリッサ嬢?」と声をかけられてしまった。
「お菓子を食べたいのでしたら、どうぞ」
「違います」
思わずお菓子を睨んでたもんで、なんか変な誤解されてるし。これではただの食い意地張った子供ではないか。
いやまあ、確かに子供なんだろうけれど。
と考えたところで、ちょっと冷静になってきた。
そうだそうだ、私はしょせん14歳という子供。ならば好き勝手に質問させてもらおう。
援助金のこともあるし、見た目も合格。もう今すぐ結婚でもいいよと思うのだが、さすがにそんな軽率なことはできない気になる点がいくつかあるのだ。
「あのう、質問いいですか?」
「もちろん、いくらでも聞いて下さい」
なんか凄い紳士だな。21歳って大人だわあ。
「えっと、どうして私なんかと?」
「あなたが気に入ったからです」
分かるようで分からない。
「お会いしたこと、ありましたっけ?
「偶然メリッサ嬢をお見かけしました」
「私、14歳ですよ?」
「私もまだ21歳です」
「結構な年の差ですよね?」
そう言えば、クラウド様は「そんなことありません」と即座に否定してきた。
「いいですかメリッサ嬢、よく考えてみてください」
「え、なにを」
「あなたが20歳のとき、私は27歳です」
「はあ……」
「そんなに年の差が気にならないでしょう?」
「はあ、まあ……いやでも……」
「では想像してください」
なんなのこれ。
「あなたが50歳のとき、私は57歳です。どうです、年の差なんて気にならないでしょう?」
「いやまあそうですけど……でもなあ……」
「では想像してみてください!」
なんなの!?
「あなたが200歳のとき、私は207歳で年の差が気になりますか!?」
「そんな前人未到の年齢まで生きれる気がしないんですけど!?」
なんなのこの貴族!
最初の麗しきイメージがガラガラ崩れる音がした。
妙な人だなとわかれば、徐々に冷静になってくる頭。
そこで私は結婚に関して、一番気になることを問うた。
「年の差はまあいいとして……私、まだ14歳です」
「そうですね、14歳ですね」
「なので、その……ええっと……結婚したとして……」
「ええ、結婚したとして?」
なんでそんなに嬉しそうなの。
「その……夫婦がするような、ですね……」
「はい?」
「えーっと……」
これ、ストレートに言わなくちゃ駄目かなあ!?
できればそこは大人として分かってほしいのだが。
しかしなんだか純粋無垢っぽそうな貴族のボンボンなクラウド様は、私の言いたいことが分からないらしくニコニコしながら次の言葉を待っている。
いやホント、どうすんのこれ。
困っていたら、彼の背後に控えていた執事さんが何やら耳打ちをする。
それを聞いて「ああ」と彼はようやく合点がいったように、笑って頷いた。
「子作りの話ですか?」
「そ、そうですね」
ストレートな物言いに、なんかこっちが恥ずかしくなるわ。
でも結婚するなら、これは避けて通れない話。なにせ公爵家当主に嫁ぐのだ、当然跡継ぎが必要となろう。
とはいえ私はまだ14歳。
今すぐではないにしても、結婚してすぐ子作りってのは……ちょっと、いやかなり遠慮したい。
「せめて20歳までは待っていただきたいかなあと……」
「それはご心配には及びません」
しかし心配無用とばかりに言ったのは、神妙な面持ちの公爵様だった。
「というと?」
私の問いかけに一瞬言い淀むクラウド様。だがややあって、意を決したように顔を上げて私の目を見つめた彼は……その綺麗な青い瞳を揺らして言ったのだ。
「私は、そういった行為ができないのです」
と。




