31、寝物語5~夢でも見たのかしら
本来金眼であるはずの狼の、けれど空より美しい青をその眼に認めた瞬間……その眼が私を射抜いた瞬間、全身に痺れのようなものを感じた。
ビビッときたのである。
(今のは一体──?)
首をかしげても、その理由を教えてくれる存在は誰一人いない。
私は眼の前の、話すことのできない獣に目を向けて……目を大きく見開いた。
「あなた、怪我してるの?」
ガラス窓を割った際に負ったのか、獣は腕や体のあちこちから流血していた。呼吸も荒く、ひどく苦しそうな様子に、私は警戒心も忘れ駆け寄った。
だが獣は当然のように「ガウッ!」と威嚇を口にする。
一瞬ひるんだけれど、それでやめる私だと思うなよ。
(なんとなくだけれど、この獣は大丈夫な気がする)
はたして自分の直感をどこまで信じて良いのか分からないも、それでも私はゆっくりと近づいて……そおっと手を伸ばした。
思った通り、獣は牙をむいて威嚇はすれども、私に危害を加えることはない。そのまま私は獣の体に手を触れた。
「あなた、狼? それとも……魔物?」
見た目は大きな狼。けれどここまで大きな狼なんて、見たことも聞いたこともない。それに全身、あますところなく真っ黒。黒一色の狼なんてそれこそ未発見動物だ。
そしてなによりその瞳の色。
狼は金の瞳を持つ。魔物ならば血のように赤い瞳。
でもこんな綺麗な、青空を宿した瞳なんて……私は知らない。
「綺麗な目だね」
言葉を解するのか分からないが、私の言葉に反応するかのように獣の体がピクリと震える。
それに対して「大丈夫だよ」と微笑みかけて、私は目を閉じた。
傷口は無数に存在する。
一つ一つを治すよりも、全身を治すことをイメージしたほうがいいだろう。
意識を集中させる。
直後、私の手から光魔法が発動し、獣が息を飲む気配を感じた。
ややあって、「ふう……」と、大きな吐息と共に目を開いた私は、獣から手を離した。
血が出ていた箇所をいくつかチェックして、全てが治っていることを確認して頷いた。
「うん、これでオッケー。もう大丈夫だよ」
その間、獣は大人しくされるがまま、微動だにしない。
それからすっくと立ち上がった。顔が近づいてくるが、危険な感じはしなくて私は逃げずに様子を見守った。
と……ペロリと頬を舐められる。
まるで『ありがとう』と言うかのように。
「ふふ、良かった。もう窓に飛び込んじゃダメだよ?」
一体どういう状況で窓ガラスに、それも一階ではない箇所に飛び込むことになるのか分からない。話を聞こうにも、相手は話せない獣。
ならば『まあそういうこともあるよね』と自分を納得させるまで。
軽くモフモフの毛を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた後、タッと窓辺に向かう。身軽に窓枠に飛び乗った獣は、一度私を振り返った。
「うん?」
首をかしげる私に、
「怪我は窓に飛び込んだからではない。だが……礼を言う、ありがとう」
そう言って、獣は窓の向こうへと飛び降りた。
「あ、ちょっと!?」
慌てて駆け寄って見下ろせば、獣は難なく地面へと降り立ち、あっという間に遠く彼方へと走り去ってしまった。
それを見送ってから、随分と時間が経過して……ようやく音に気付いた病院職員がやってくる気配を感じて、私も慌てて病院を飛び出した。
帰る道すがら、徐々に冷静になってきてようやく私は気づいた事実に驚愕する。
「獣が、しゃべった……?」
翌日、完治した生徒に病院内がひっくり返るほどの騒動となる。
破損した窓ガラスの意味を知る者は、けれど病院内にはおらず……様々な憶測が飛び交うこととなった。




