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30、寝物語4~出会いは突然に

 

 カタンとかすかな音を立てて、窓が開いた。

 そんなところから忍び込む者など居ないという油断からか、不用心にも病院の三階は鍵がなされていない。


「失礼しますよっと」


 誰にともなく、小声でそう呟いて、私は病院内へと足を踏み入れた。

 時刻は深夜と呼ぶに相応しい頃合い。面会時間などとうに終えた病院は、ひっそりと静まり返っていた。


 病院内はほとんどの者が眠り、必要最低限の者しか起きてはいない。まるで全ての寝息が聞こえてきそうなほどにシンと静まりかえる病院内に侵入して、ほおと深く息を吐く。


 見上げれば明かりなど必要のないほど、煌々と輝く満月が空に浮かぶ。それを眩し気に目を細めて見上げてから、「さてと」と病院内へと視線を戻した。


 キョロリと周囲を見渡し、見回りの職員などがいないことを確認する。まあいたとしても、光魔法を駆使すれば、バレることはないだろう。なんとも便利なのだ、光魔法というのは。


 何者の歩く気配もないことを再度確認してから、私は歩き始めた。足音はしない。自分自身に結界を張ればこういったこともできる。


 病室扉の横に貼られた、名前を一つ一つ確認する。


「違う。……こっちも違う」


 昼間確認した、隣のクラスの生徒名が無いか。違う、ここでもない、を繰り返すこと数度。

 私はある扉の前で歩みを止めた。


「ここね」


 今一度名前を確認して、それが確かに昼間聞いた、事故にあった生徒の病室であることを確認する。

 意識不明ということもあり、なるほど病院内でも隔離された特別室。そこが生徒の病室。

 

 扉に手をかければ、難なくそれは音を立てることなく開いた。

 中を覗いて顔をしかめる。痛々しい姿の生徒が、そこに寝そべっていたから。


 家族の付き添いは認められていないのか、生徒は一人だった。

 中に体を滑り込ませ、そっと扉を閉めればもう何も聞こえない。いや、正確にはかすかな呼吸音が聞こえるのみ。


 それも非常に弱々しい。

 いつ死神がやって来てもおかしくない状況だ。

 その生徒へとゆっくり近づき、顔を覗き込む。


 グルグルに巻かれた包帯の向こうに見えるわずかな顔は、どこかで見たことがあるようなないような。名前すら知らなかったのだから、会話もしたことない相手だろう。せいぜい学校の廊下ですれ違う程度の関係。


(それでも聞いてしまったから……)


 無限に人々を治すつもりはない。

 だが聞いてしまった相手だけは。それだけは。


 そう思いながら、私は生徒に手を添えた。

 目を閉じ、意識を集中させる。直後、病室内をまばゆい光が支配した。


「……これで良し」


 ややあって、開いた私の目の前で、穏やかな寝息を立てる生徒がいた。


「お大事に」


 そう言って、ポンと腕を叩いて、足早に窓へと近付いた。

 窓の向こうに、満月が光る。

 思わず目を細めた時だった。


「……なに?」


 不意に満月に黒い点が見えた。


(月にあんな黒点あったかしら?)


 首を傾げる私の目の前で、その黒点はどんどん大きくなり……


(違う、あれは黒点じゃない!)


 そう思ったと同時。


 その黒点がどんどんと近付いてきて、それが犬だか狼だかの獣だと理解した瞬間に、それが窓にぶつかるのが分かった。


「ダメ……!」


 なにが駄目なのか分からず叫び、そのまま光魔法を行使する。

 直後、物凄い音と共にそれは窓ガラスにぶつかり、その音が病院への侵入者を告げた。


 呆然とする私の目の前で、割れた破片の上に立つ獣が息を吐く。

 ガアッと咆哮を上げるその獣と目が合った。

 

 血まみれの獣──黒狼……クラウド公爵と、私メリッサ子爵令嬢の出会いだった。

 

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