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3、うちの執事は優秀なんですでも恐い

 

「まあつまるところ、お金目当ての結婚だったのですね」と私が言えば

「弟は本気で愛してたみたいだがな」と旦那様。


「身分違いで相思相愛なんて、絵物語にありそうで売れそうなのになあ」

「売るなよ」

「売りませんよ」


 なに勝手に人を金儲け主義の商売人みたく思ってるんですか。


「私は不労所得が目当てでこの公爵家に嫁いだんですよ」

「そういうの、堂々と言えるお前は凄いな」

「結婚後ではありますが、旦那様のことが大好きになったんですから、結果オーライでしょ」


 言ったら、旦那様の顔が耳まで真っ赤になった。可愛いのう。


「イチャつくのは後にしてもらえますか。話がちっとも進みません」


 有能執事アラス君からの厳しい言葉に、旦那様はどうにか口元を覆って頷いた。そのニヤけた口元、見逃さないぜ。


「それでだな。弟としては逃げてしまったものは仕方ない、彼女の幸せを願う、という考えなんだ」

「なんともお人よしというか……」


 弟君、今は伯爵でも元は公爵家の者なのだ、上位貴族であればあるほど魑魅魍魎が闊歩する貴族社会を生き延びる術を身につけるもの。つまりはもっと強気であるべき。


 だというのに、どうもこのフォンディス公爵家の人々は、人がよすぎる。

 現公爵家当主であるクラウド様も、またしかり。


 よくこんな善人が、貴族社会の荒波に乗れてるなと思うことは多々ある。実家の父なんて、「大して政治活動しなくていい、気楽な子爵で良かったあ!」といっつも言ってたものだ。


「どんな状況であれ、良い人であることは良いことだろ」

「ええ、まあ……この世で最も善人な私もそう思います」

「ゼンニン……仙人?」

「誰が山奥でなっがい白髭生やした爺さまですか」

「キミの仙人像はそういうのなのか」

「本で読みました」

「面白そうだな、俺も読んでみた……」


ダンッ!!!!


 私の仙人話に興味を示して身を乗り出す旦那様。と、いきなり凄い音が響いた。見ればアラスが壁を殴っていた。なんかシュウゥ……て煙出てない?


「話が進みませんよ」

「「すみません」」


 無表情で言うのが恐い!

 夫婦二人で頭を下げたところで、旦那様は立ち上がり、執務机の前に置かれたソファへと移動。横をポンポン叩くから、そこに座れってことなんだろうな。


「アラスも椅子に腰掛けていいぞ」

「いえ、僕はこのままで結構です」


 主人から許可が出ても、彼はかたくなに座ることを拒む。


「次脱線したら、床を蹴るんでしょうねえ」過去にそういうことがあった。

「そうだな。その次はプラス笑顔になるんだぞ」同じく過去の記憶を思い出して、旦那様の顔が引きつる。


 あの笑顔が恐いんですよね。可愛いのに恐いという、謎の表情……なんてコソコソ話してたら、視界の片隅に足を上げるアラスが見えたので、慌てて本題に戻る。


「ラウルドは一人で子供を育てることにした」

「はいはい」

「が、突然異動の辞令が下った」

「はい?」

「あいつは伯爵でまだ若い。領土も持たないから、色々経験させようって算段なのだろう」

「三段ですか」

「そうだ、ホップ・ステップ・ジャ……」


ダンッ!!!!


「ンプはしない。かなりの僻地に異動を言い渡されたらしい」


 こっわ!

 アラス君、大理石の床にヒビいかせるつもり?


 有能執事の恐さにおののきながら、私と旦那様は顔を強張らせて話を続けた。


「僻地、ですか? 子供ができたばかりだというのに、鬼ですか」

「そうだ、あいつは今王族直下の貴族、モルス公爵家の下で働いているんだが、あれは結構な仕事の鬼だと有名だぞ」

「でも子供ができたばかりなのに……」

「モルス公爵いわく、子供も連れて行けばいいだろうと。世話は奥方に任せればいいと。ラウルドのやつ、妻に逃げられたことを言えないみたいだな」

「彼女の幸せは願うけど、逃げられたことは言うの嫌なんだ……」


 なんとも複雑な男のプライドよのお。


「だがラウルドとしては、せっかくの出世の機会を逃したくない。だから子供を連れて異動を受け入れるつもりだった。場所を知らされるまでは」

「その場所とは?」

「ムッシュールディだ」

「わお」


 ムッシュールディ。面白い名前だが、土地はまったく面白くない状況。

 場所は国の最北端で、とにかく寒い。そこで生まれ育った者は、春夏秋という季節を知らないという話だ。

 極寒の地。


 とはいえ人が住めない場所ではない、そこに住む者たちは大勢いる。大都市だってあるし、なんなら観光地まである。


 しかし昨今の情勢は、呑気に観光している場合ではない状況。

 最北端でありながら、隣国との国境沿いにあるその場所は、最近クーデターで荒れている隣国からやたらと挑発行為を受けているのだ。


「人手が足りないということで、補佐として行くようにラウルドにお達しがあったのだ」

「それはまた……大変ですね」

「そんな場所に、母親が居ない状況で子供を連れて行くわけにはいかない」

「はあ」

「なので、うちに預かってくれないか……なんなら公爵家後継にしてくれても構わない、と弟から打診があったのだ」

「はあ」

「というわけで、どうだろうメリッサ。弟の子供の母親にならないか?」

「それはつまり、ラウルド様の後妻になれと」

「それは絶対に嫌だ」


 嫌だときたもんだ。

 

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