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29、寝物語3~私は神じゃないからと言い訳をするのは誰のため?

 

「ねえ聞いた? 隣のクラスの生徒の話」


 また別の日の昼休み。相変わらず「退屈!」と叫びながら卵サンドを頬張っていたら、ミンティアが話を振って来た。つーかなぜいる。今度会ったら許さないかんなと思ったあの日から、連日で昼を一緒に過ごしてるんですけど。


「さては隣のクラスにお友達ができたね?」

「だったら嬉しいけど出来てないわよ!」


 そんな涙流しながら全力で否定せんでも。


「で? 隣のクラスの生徒がなに?」


 私とミンティアの通常運転になれているリンダが、モグモグゴックンしてから話を戻す。私ら二人の脱線は長いと知ってるからね。


「それがね、街中で馬車にはねられて重傷なんですって」

「え、それは大変だね。命があったのは良かったけど」

「慌てて避けたけど、相手が猛スピードでよけきれなかったらしいよ」

「そうなんだ。危ないわねえ」


 相槌をうちながら、食べ終えた私は「ごちそうさま」と言って片付ける。「今日はオマケないの?」とミンティアが聞くから、「今日は給料日前で家が苦しいから」と答えた。「不憫」とか言わないでくれる?


「それでねえ」


 そう言って、なかなかにオカズが豪華なお弁当を食べ終えたミンティアは、口を拭きながら続ける。


「ご両親が、光魔法の使い手を探しているんですって」


 その言葉に、私とリンダの間で空気が変わった。何も知らないミンティアは話し続ける。


「光魔法なんて夢物語なのにね。どんな怪我も治せてしまうなんて、それはもう神の領域。人ならざる者でしかありえない話よ」

「あらどうして?」


 納得がいかないというように問うのは、リンダ。

 ミンティアは肩をすくめる。


「光魔法の使い手なんて、現存すると聞いたことないもの」

「でも過去には確かにいたでしょ」

「おとぎ話よ」

「魔法は表裏一体というじゃない。闇魔法使いは確かにいるのだから、光魔法使いだっているでしょ」

「いたら、治療してくれって人が殺到してるはず」

「そういうのが嫌で黙ってるのかもよ」

「……まあそう言われたら分からないけど」


 そこで言葉を切って、訝し気な顔でミンティアはリンダを見た。


「なんなのリンダ、珍しく突っかかってくるわね」

「別にそんなんじゃ……ただ、居ないと決めつけるのは、ねえ……」

「いたとしても、きっと姿を見せないわ。そんなことしたら、もう一度言うけど怪我人が殺到するだろうからさ」

「そうだね」


 リンダが頷けば、会話が途切れた。流れる沈黙に私が割って入る。


「その生徒、意識はあるの?」

「意識不明だそうよ。出血がひどかったらしくて……でも意識は戻らないほうがいいかもね」

「どうして?」


 私の問いにも、ミンティアは肩をすくめる。


「両足がね……おそらく切断しなくちゃいけないだろうって見解らしいのよ。だからご両親は……」


 その瞬間、ひどく重苦しい空気がその場を支配した。

 と同時に予鈴のベルが鳴り、ミンティアはそのまま自分の教室へと戻っていった。さすがの彼女もお茶らけたことを言う気にはならないらしい。


 それを見送り自分の席に戻る私。それを心配そうに見るのはリンダだ。


 その目は(どうするの?)と聞いている。


 わからない。私にはわからない。

 無意識に自分の手を見て、私は悩む。


 なぜ私はこんな力を授かったのだろう?

 どうして神様は私なんかにこんな凄い力を与えたのだろう?


 私の光魔法は、どんな怪我をも治せる。

 それを初めて発動させたのは、上の弟である現在7歳のダルシュが、まだ2歳のとき。私が9歳のときに、あの子は獣に襲われ大怪我をしたのだ。


 外に母と一緒に散歩中、突然襲われた。私は母のそばにいたが、その時ダルシュは少しばかり離れたところにいた。目は届く、けれど手は届かない場所。


 それはあまりに一瞬で。

 弟の悲鳴と母の悲鳴に、流れる血の色を、今も忘れられない。

 気付いた父が慌てて剣でもって獣を倒してくれたが、ダルシュは虫の息だった。


 号泣しながらパニックになる母、絶望の顔で涙を流す父。

 もうすぐこときれるであろう弟。


 それを見た瞬間、私の中で何かが切れた。いや、弾けたという表現のほうが正しいかもしれない。


 何をどうすべきかなんて考えなかった。ただ《《そうすればいい》》と分かったのだ。


 私はそっと弟に手を触れて、力を……魔法を発動させた。まばゆい光魔法を。


 数分後、驚く両親の前で無傷の弟が笑っていた。

 それを見て今度は泣き笑いとなり、弟を抱きしめる両親を見た直後、私はぶっ倒れたのであった。

 初めての光魔法の発動が思いのほか負担が大きく、私は三日間高熱で寝込むことになったのである。


(別に秘密にする気はないのだけれど、なんとなく誰にも言わないほうがいい)


 それが私の出した結論。両親もそれに同意してくれた。


 光魔法の使い手がこの世界から途絶えて百年は経つという。誰もが切望し、けれどけして現れない存在にいつしか神格化までされてると聞く。


 もし私が光魔法の使い手と知られたら……まず神殿が動く。それから王家が動く。

 そうなったら、もう私は家族と一緒にはいられない。自由のない人生を送らねばならない。


 隠すつもりはない、それは嘘ではない。

 けれど必要以上に口外もしない。


 リンダは以前、大怪我を治してあげたことがあって、その秘密を知ることとなった。けれどその力の重要性を知り、黙っていてくれる。口止めをしたことはないけれど、それこそが彼女の友情の証であり、私への思いの深さでもある。


(どうしようか、なんて……結論は出ているのにね)


 この世界の怪我人全てを治せるなんて思わない。それは絶対に無理な話。

 神殿に属すれば、全てではなくとも大勢の怪我を治せるかもしれない。


 でも……私は、神ではない。


 魔力には限界がある。

 けれど人間の願望に限界はない。

 光魔法使いと名乗ったが最後、毎日のように怪我人が殺到することは必至。そしてそれから私は休むことを許されない存在となるだろう。


 そうなったら……それはきっと死よりも重く苦しい人生の始まりだ。


 だから私は今日も、こっそりと病院に忍び込んで治す。けれどその一人だけ。私が『怪我人』であることを聞いた、その唯一だけ。


 それ以外の病室は見ない。


(私は神ではないから……)


 その言葉は、限界をもつ一人の人間として出来うる、自分を守る最後の砦。

 治せない人々に対して、ごめんなさいとはけして謝ることのない、愚かな私の砦だ。


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