28、寝物語2~人生そんなうまいこと出会いなんてない
「あ~らメリッサ様、今日もみすぼらしいお弁当ですこと!」
そう言って私の空になった弁当箱を、ピンと指で弾く人物。
見上げれば、それは同じ学園に通う男爵令嬢だった。うちと同じく貴族御用達の学園に通っていない令嬢。
ミンティア男爵令嬢は、そう言って私を鼻で笑った。
「いや、既に食べ終わって空のお弁当箱なんですけど。食べる前の中身を知ってるの?」
「そんなの見なくても分かりますわ。毎日卵サンドが入ってるだけじゃありませんの」
「今日はレタスサラダも入ってたました!」
「知らんがなそんなの」
「ひどい、知っておいてよ! 私はいつも卵サンドだけの女じゃないのよ! 今日はレタスが、昨日はハムが降臨なさったんだから!」
「……あなた、やっぱり変人ね」
よよよと泣き崩れる真似をしていたら、冷めた目でもっていわれた。そんな褒めないで。
「褒めてないわよ」
「ひねくれ者のミンティア様だから、むしろ褒め言葉なのかと」
「ひね……あなたっていつでもポジティブ思考ね、羨ましい」
「そんな褒めても何も出ないよ」
「だから褒めてないっつーの」
「あんたたち、本当に仲いいわね」
これは通常運転。
庶民向けの学園では、貴族はごく少数。そのせいか知らんけど、私になにかとからんでくるのがミンティアなのだ。そしてこういった会話は毎日のように行われている。
それを見ていたリンダに仲良しとか言われちゃった。照れるわ。嘘です照れません。
私と同じく、仲良しと言われて顔をひきつらせているミンティア。
と、「まあいいわ」と気を取り直して私を見る。なんでしょ。
「時にメリッサ様、わたくし婚約者が決まりましてよ」
「へえ、良かったですね」
「……」
「……」
「いや、『相手は誰ですか?』くらい聞きなさいよ!」
「聞いて欲しいんですか?」
「普通、話の流れで聞くでしょ!?」
「う~ん、興味ないからなあ。お願いされたら聞くけど」
「お願いです聞いてください」
そこは素直なのね。
「しょうがないな、頼まれちゃ。で? どこの物好き?」
「そのケンカ、買ってさしあげますわ」
なんていっこうに話が進まないんだけど、またリンダに「やっぱり仲良しね」と言われてしまった。心外!
あんまり脱線しすぎると、大切な昼休みが終わってしまう。仕方ないなと、さっさと話を聞いて切り上げることにした。
「それで? お相手はどなた?」
「ふふん、聞いて驚きなさい! なんとマーランダ商会のご子息よ!」
「わーびっくりー心臓飛び出るかと思ったー。はい、じゃあもういいかな」
「もっと突っ込んで聞いてよー!」
あーもうめんどくさいなあ!
リンダいわく、私とタメはるくらいに奇人のミンティアは、あまり話せる相手がいないんだとか。
なもんで、いちゃもんつけるフリしながらも、私とお話したくてからんでくるらしい。なんなのそのツンデレ。
そこにリンダが割って入った。
「マーランダ商会って、農家と諸外国との間をとりもつ、農作物全般の輸出入を仲介しているって、あの?」
「リンダ知ってるの?」
「知ってるもなにも、かなりの大店じゃないの」
「へえ、そうなんだ」
「……なんで知らないのか、それが逆に不思議だわ」
首をかしげていると、リンダに苦笑されてしまった。自分、基本的に周囲に関心ないので。自領地内のことならある程度は詳しいんだけど、そんな商会、うちのような不毛の地とは無縁なのですよ。
しかしリンダが知っていることが嬉しかったのか、ミンティアは「そうなの、そうなのよ!」と目をキラキラさせている。
「あそこのご子息が次期後継見習いってことで、我が男爵家当主であるお父様のところに商談に来たのよ。そのとき私と彼が出会って……私、ビビッときたわ!」
なるほど、ミンティアもビビッときたんだ。ひょっとして恋に落ちる相手に出会うと、痺れるシステムでもあるのかしら? 経験ないからわからないわ~。
まあとりあえず、こういう時に何と言えば良いのかはさすがの私でも分かる。
「それは良かったですね、お幸せに」
どうよ。
これぞ最適解っしょ!?
案の定、ミンティアは嬉しそうに頬を赤らめた。なんだ素直で可愛いとこもあるじゃないか。
「ありがとうございます。メリッサ様、先を行く私をどうか許してね?」
「……はい?」
「貴族でありながら、14歳になっても浮いた話の一つもなく、婚約者の影もないあなたでは、きっとお先真っ暗。素敵なお一人様ライフが待っていることでしょう。でもめげないで! あなたならばきっとその道を極められますわ!」
「う、うん?」
「14歳になってもまだ成長の証が見えない絶壁をお持ちのメリッサ様ですもの、きっとこれからも殿方はあなたを見ることはないのでしょうねえ」
「うんよし、ケンカ買うわ。素直で可愛いとこもあるとか考えた数秒を返せ」
「ケンカは危険ですわよ。その絶壁から足を滑らせて落ちるかも」
「これから成長するんですー!」
「それは悲観的未来予測と言うんですー!」
バチバチと火花散らして睨み合っていたら、予鈴が鳴った。ので、私は虫を追い払うがごとく、手をシッシッと払って「早く自分の教室に帰りなさいよ!」と睨むのであった。
フンッと鼻を鳴らしてそのまま退室するかと思ったミンティアは、けれど一度振り返り私に聞く。
「ちなみにメリッサ様の初恋って、いくつでしたの?」
「まだです」
「え?」
「まだって言ったんです」
「なにが?」
「いやだから初恋が」
「初恋が?」
「初恋が」
念押しイラッとくるわあ。
そして最後にミンティアは「ブフー! まさか14歳で初恋もまだなんて希少人物がいるとは! わたくし驚きましたわー!」と笑いながら出て行くのであった。
次会ったら覚えてなさいよ。




