26、寝物語を始めましょう
誘拐犯の親玉を捕まえることは出来なかったが、下っ端は無事に捕縛。
警らの方たちにその後のことはお願いしたから、今後尋問されることだろう。……まあ、素直に吐くとは思えないけれど。
可愛くも小憎たらしい甥のアーサーも無事。それは本当に良かった。
しかしそれでも私たちは、全てを終えて帰宅しても浮かない顔をしている。
クラウド様とラウルド様は、二人して執務室に閉じこもってしまった。私たちには「ゆっくり休んで」と言葉をかけてくださったけど。
この世界でも希少な闇魔法の使い手登場に、何か思うところがあるのかもしれない。
しかもそれが誘拐犯と通じているのだから……それはつまり、誘拐の黒幕が大物であることを示唆している。およそ希少な闇魔法使いを、イチ誘拐犯が雇えるとは思えないから。
アーサーは『将来の夢は大魔法使い!』と豪語しているが、確かに希少な魔法が使える魔法使いは重宝がられる。
しかしだからと言って、凄い魔法使いの未来が必ず明るいわけではない。
「なあ、闇魔法ってそんなに凄いのか?」
この世界の知識がほとんどないアーサーが聞いてくる。
私は、湯浴みを終えて火照った顔のアーサー撫でながら、静かに頷いた。
「そうね。確認されている数は、ものすごく少ないわ」
「でもそれじゃあ、正体はすぐに判明するんじゃないか?」
「あんな裏家業してる人が、魔法協会に登録してるとは思えないのよね。そうでなくとも闇魔法を使える人は、使えることを隠す傾向にあるから」
「そんなに危ないもの、なのか……?」
「闇魔法ほど、使い手次第で諸刃の剣と化すものはないでしょうね」
「ふうん?」
わかったようなわからないような、複雑な顔でもって、アーサーは一つ大きな欠伸をする。
「疲れたでしょ。そろそろ寝ましょ」
外はすっかり白み始めているが、完全徹夜の身に朝日は辛い。カーテンを閉め切って薄暗い室内で、私はアーサーに毛布をかけた。
ふと、その首元に赤みがかっている箇所があるのに気付く。
「あら、ここ怪我してる。いつの間に……痛かったでしょ?」
赤い擦り傷に顔をしかめれば、キョトンとした可愛い顔が私を見上げてきた。
「騒動の最中にどっかでこすれたんだろ。別に痛くないし、大丈夫だよ」
「それでも治療はしておかなくちゃ」
子供の体は繊細で、どんなことで熱が出るかもわからないのだ。子供の「大丈夫」を信用してはいけないと、この一年の子育てで痛感している。
とはいえ、昨日の今日で色々バタバタしていて、忙しく動き回っているミラや他のメイドに救急セットを持ってきてと言うのもはばかれる。
お医者様を呼ぶほどでもない。
一瞬の逡巡の後、私は自分の手をそっとアーサーの首元に添えた。
「メリッサ?」
名を呼ばれても返事をしない。これは集中が必要だから。
目を閉じ、赤くなった箇所に意識を集中させる。すると手の平がポオッと白く光って、アーサーの顔を浮かび上がらせた。
ややあって、手を離した私は目を開いてほおと息を吐いた。
驚いた顔のアーサーが、自分の小さな手を首元に当てて、更に驚いたように目を見開く。
「え? 痛みがなくなった……?」
「やっぱり痛かったんじゃない」
子供の大丈夫は本当にあてにならないわ。
苦笑する私に、アーサーは「え? えええ?」と驚き顔。
「これって、治癒魔法? え、メリッサってひょっとして聖女?」
「聖女とやらが何かは分からないけれど、私は光魔法の使い手なの」
「えええ!?」
どうやら彼の前世の記憶では、こういう治癒魔法が使える人は聖女と呼ばれるらしい。最強キャラが多いんだとか。
「前世は、そんな凄い人がいる世界だったの?」
「いやまあ、居たというか、流行ってたというか……」
どう説明すればよいやらと、モゴモゴ言うアーサー。
「ま、そういう話は後でいいわ。それより早く寝なさい」
「いやいや、今この状況で眠れるわけないだろ!? 見よ、このギンギンに冴えた目を!」
そんなに興奮することなのかしら。
なぜかアーサーは高揚した顔を私に向けてくる。
「なあ、光魔法って何があるんだ? どんなことできるの?」
こうなってしまったら、すぐに寝るのは難しそうだな。
そう思って私はため息をつく。
(本当は、アーサーが寝たら旦那様のところに行って、色々聞きたかったのだけれど……)
色々というか、聞きたいことは一点しかないわけだが。
あのノンナリエという銀髪美女を含め、過去にどんな女性とお付き合いしてきたのか。是非とも教えていただきたい。
「そうね。この際だから、アーサーには知っておいてもらおうかな」
別に隠そうと思っていたわけではないが、話す必要もないと思っていた私の秘密。
そして旦那様の秘密。
彼ならばきっとすんなり事実を事実として受け入れることだろう。
そう思って私はベッドサイドに椅子を運んで腰かけ、長い話を始めた。
「私の光魔法と、旦那様が狼になる理由。それから……私と旦那様の出会い。それを聞いてくれるかしら?」
言えば好奇心にキラキラ目を輝かせたアーサーが、コクコクと頷いた。
クスリと笑って、私はゆっくりと話し始めた。
「あれは私が、血まみれの狼と……旦那様と出会った時のこと」
アーサーが息を呑む気配がした。




