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25、語るに落ちましたね、旦那様

 

 ラウルド様の剣は、そのままであれば確実に彼女──ノンナリエの体を貫いていただろう。

 はたしてその攻撃を避けられるとラウルド様が読んだかはわからない、だがその剣は鈍い金属音によって阻まれる。


「甘いね」


 ニヤリと笑う銀髪美女の手には、いつの間にか抜刀された長剣。髪色よりも濃い銀刃がギラリと光った。おお凄い。


 思わず誘拐犯であることも忘れて見惚れてしまった。同じ女として「カッコイイ!」と声が出ちゃったのですよ。


 そんな私を一瞬キョトンと見るノンナリエ。それからガッと受けたラウルド様の剣を弾いた。


「ハハッ、クラウド、あんたやっぱり変わったね。趣味が良くなったんじゃないか? なかなか面白い子じゃないか」

「お前に言われるでもなく、メリッサは素晴らしい女性だ」

「ノロケかい」


 え、なにこれ、二人して私のこと褒めてる? いやあ、そんな褒めても何も出ませんよお。


「どうせならこの辺が出ればいいんだけどな」

「寝ろ」

「ぐー」


 思わず声に出した私のセリフに、いちいち反応すな。

 狸寝入りなアーサーが目を開けて私のお胸をちょいちょいするから、氷をも凌駕する冷たい目を向けたわ。


「あれ、アーサー、そんなとこにいたのか」


 そこで初めて、ラウルド様はアーサーが私の腕の中にいることに気づいた。


「ええ、はい。奪還成功しましたよ」

「それは良かった。で、彼女が黒幕?」

「そのようで」

「目的は?」

「いえ、まだ全然わかりません」

「そっか」


 簡潔に、無駄のない会話の後に、ラウルド様はノンナリエへと向きなおる。


「お前が誰か知らないが「クラウド様の元カノだそうですよ」──え、そうなの!?」


 低い声音でもって彼女を睨みつけるラウルド様に教えてあげれば、言葉の途中なのにビックリした顔がこちらを見た。なので私は静かに頷く。

 呆気にとられた顔で、今度はクラウド様を見る。頷きはしないが渋い顔をする兄の顔に、全てを悟ったラウルド様は「あ~……」となんとも複雑なため息をついた。


「兄さんは若い頃、よく庶民の女性と一緒にいたもんなあ」

「へえそうなんですか」


 新情報ゲットだわ。

 それに慌てるのは旦那様である。


「別に彼女たちはただの友人であって……」

「へえ、複数いたんですね」


 にっこり笑って言えば、しまったと口を押さえるクラウド様。

 若い頃の話は色々聞きたいけれど、それはまた後ほど、落ち着いて聞きたい。

 なので今は余談は置いといて、私はノンナリエを見た。


「さて、あなたもラウルド様のことはご存知でしょう? 国内最強とも呼ばれる剣士を前に、逃げられると思って?」


 するとノンナリエは不敵な笑みを浮かべた。


「逆に聞きたい。なぜ逃げられないと思うのさ?」

「つまり逃走手段は用意されていると?」

「さてどうだろうね。かもしれないし、そうでないかもしれないし?」


 まるで言葉遊びだ。

 そしてそれがどういう意味かを悟る。


「……時間稼ぎ、してます?」

「おや、察しのいいことで」


 否定はしないか。ならばこの後になにかしらの方法で脱出するつもりであり、それはけして私達に邪魔できないという自信がある、と。

 それは一体──?


「逃げるのは勝手だけど、俺の息子をさらった理由は話してからにしてもらえるかな」


 再び剣を手に、その切っ先がノンナリエへと向く。ビリッと張り詰めた空気は、ラウルド様が発する殺気か、それとも……。

 失礼ながら、そんなラウルド様はちょっと恐い。子供を誘拐されたのだ、そりゃ怒って当然だけど、恐いものは恐い。不意にクラウドが私の肩を抱き寄せた。その温もりに安堵する。


 対してノンナリエは怯むことなく、その口元に浮かべた笑みを崩すこともない。


「話さなくても、大体のことは分かるだろう? 公爵家なんて、敵が多いんだから」

「だから今回の件に関する敵が『誰か』を話せと言っている」

「さて? 公爵家を邪魔に思う大勢の中の一人だろ」

「だから……」

「こういう商売は信用第一でね。話したら商売あがったりになっちまう」

「今後も商売を続けられたら、の話だろ」

「そりゃ続けるさ」


 ただし、誘拐を失敗しちまったから、しばらくは仕事が減りそうだけど。


 そう言う彼女は、ちっとも困っている様子はない。

 それほどに、彼女の裏稼業がこれまで成功してきたのだろう。もしかしたら失敗は今回が初めてなのかもしれない。


「逃さないぞ」ラウルド様がジリッと一歩前に出る。


「逃げるさ」ノンナリエは動かない。


 と、その時、なんの予告もなしに静寂が訪れる。

 いや、それまでだって外はとっくに静かになっていたが──おそらく敵は全てラウルド様が倒したからだろう──それでも風の音に虫の声、衣擦れの音に……人の息遣い。何かしらの音が確かに存在していた。


 それが消えた。


 静寂と呼ぶにはあまりに静かすぎる。


(え?)


 驚きの声は、けれど出ない。

 パクパクと口は動くけれど、声が出ない。


(これはまさか──けれど)


 聞いたことはある、でも目にしたことはない。それはクラウド様もラウルド様も同じなのか、二人も驚いた顔でこちらを見ていた。


 無音。

 世界が音を失ったその瞬間。


 ピリッと空気が裂けた。

 違う。

 空間が、裂けた。


 ノンナリエとラウルド様の間に黒い線が縦長に現れたかと思った瞬間。


 バンッと大きく開いた。黒い空間が、突如目の前に現れたのだ。

 驚く私達とは対照的に、ノンナリエはなんら驚かない。彼女は知っていたのだ。それこそが逃走経路。


「遅かったじゃないか」


 誰もが言葉を発することができない状況で、彼女は言った。それに応えるように、黒いフードを目深にかぶった、何者かが空間から現れる。


「この魔法は発動に時間がかかるんだよ」

「知ってる。さて行こうか」

「ああ」


 二人だけが会話をして、二人して空間へと身を投じる。


(待って!)


 声は出せずとも体は動く。

 私よりも早く、クラウド様とラウルド様が床を蹴った。

 だがその手が、剣が届くのは一瞬遅い。


「またね、クラウド。それから……」


 それから?

 アーサーなのか、私なのか分からない。だが彼女は確かに私のほうを見て、ニヤリと笑って消えた。


 文字通り、消えたのだ。黒い空間と共に。


「くそっ、闇魔法か!」


 ラウルド様の悔しげな声が、魔法の干渉が完全に消え、彼女がもう遠い場所に行ってしまったことを告げる。

 

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