24、そりゃ嫉妬くらいしますよ
「アーサー、一つ大事なことを教えてあげる。旦那様は、女性とそういう関係にはなれないのよ」
「そういう関係とは?」
こいつ、理解してるくせに、わざと聞いてるな。
顔をしかめて腕の中の存在を見れば、ここぞとばかりに純粋無垢をアピールした目を向けてくる。うっそくさいな、そのキラキラ目!
「だから……チョメチョメをすることをね……」
「チョメチョメって? ぼく子供だからわかんなーい!」
「そうね、子供よね。子供は寝る時間だ、寝ろ」
今はあまりそういうのに付き合う気分ではない……気分ではなくなった。
なので氷のごとし冷たい目を向ければ、さすがに察した幼児はまたも寝たフリをきめこむ。そのまま黙っとれ。
アーサーの狸寝入りを確認してから、私は旦那様を見た。
「恋人だったのは、いつのことですか?」
「キミと出会うよりずっと前……10年以上前だろうか」
旦那様は現在25歳。つまり15歳の頃。
「そうですか。私と違って随分と青春しておられたんですねえ。リア充爆発しろ」
「リアじゅ……なんだいそれは?」
「いえなんでもありません」
首を振ってから、銀髪の女性に目を向ける。見れば見るほど美人だ、ため息が出そうなほどに。
出るとこ出て引っ込むべきとこ引っ込んで……妖艶なスタイルを惜しげもなく魅せてくる、彼女は男性ならば誰もが一度は見惚れる美女。
若い頃ならばこの妖艶さは無かったかもしれないが。
「会うのは10年ぶりですか?」
「そうだ」
「感想は?」
「なぜそんなことを聞く」
「いや、なんとなく」
嘘だ。どう思ったか、ものすごく聞きたい。でも嫉妬なんて情けないし恥ずかしいしで、そんなの言えるわけないじゃないか。
(妖艶美女になった、かつての恋人を見て、心揺れませんか? なんて聞けないよ)
いつもは冗談めかした愛の告白をしているけれど、情けないくらいに私は本気で旦那様を、クラウド様を愛しているのだ。
愛されるより愛したい。でも愛されたいとも思う。それはワガママなのかしら。
彼が、お父上のように愛人を作ったとしても、それは致し方ない事だと思う。貴族ならばなんらおかしな話ではない。
けれどとも思う。
(私は、私だけを愛してほしい)
なんて言おうものなら! 言っちゃったら!
確実に重たい女になるんだろうな~。
それが分かっているから言えないのだ。
それを気付いているから、女は自信ありげにクラウド様にその美しい笑みを向けるのだ。
銀髪美女は綺麗な笑みを消すことなく、クラウド様に話しかける。
「聞いてはいたけれど、それがあんたの狼姿なんだ? カッコイイじゃない」
その言葉には、ちょっと安堵する。
彼女はクラウド様の変身姿を見たことがないという。そのことに少しばかり優越感を感じる私は……すっごい器が小さいな、情けない!
「にしてもあんた、趣味が変わったんじゃない? なんなのこのチンチクリンは」
その『チンチクリン』は誰を指すんでしょうかね。あ、この腕の中のちっこい存在ですかそうですかなるほど。
「メリッサは私の大切な妻だ。これまでもこれからも彼女しか愛さない」
うん、永遠を誓うような愛の告白、これ喜ぶべきポイントだよね。
でもまって、とりあえず『チンチクリン』は否定して? 今受け答えたせいで、『チンチクリン=私』が確定したんだよ、どうしてくれんの。
しかし銀髪美女は愛の告白部分に重きを置いたご様子。一瞬片眉あげて、少し剣呑な光が目に浮かんだ。それはすぐに消えたけれど。
「まあいいさ、あんたとの関係はとっくに終わったんだから。それより……こんな弱点をそばに置くことのほうが驚きだよ。狙われる立場の公爵様、妻子なんてもったらこうなること、分かっていたはずだろう?」
「メリッサは妻だが、アーサーは子ではない、甥だ」
「え?」
「ノンナリエ、キミは大きなミスを犯した」
「私がミス?」
「そうだ。まず、私の妻が大切にしている甥をさらった。二つ目にそれを誕生日パーティーの日に決行した。メリッサが入念に計画した、大切なパーティーの日に。そして三つ目のミス……これが一番大きいぞ」
「私にミスなんてないさ。パーティーの日は警備が手薄になる、その読みはバッチリだったろ?」
自信満々な顔は、目は、クラウド様に問う。完璧な自分の計画の、三つ目のミスってのは何かと。
ノンナリエと呼ばれた銀髪美女の笑みは揺るがない。
対してクラウド様はニヤリと笑い、ポッカリ空いた壊れた壁を振り返る。
「お前の最大のミスは……あいつが帰って来てる日にアーサーを攫ったことだ」
「あいつ?」
「アーサーの父親だよ」
クラウド様が言うが早いか、壁を蹴る音が響いた。
目を見張る銀髪美女と私の目の前で、穴の向こうからその人が体を躍らせる。
剣の才覚でもって出世街道をばく進中の伯爵、ラウルド様がその大きな体からは想像できない身軽さでもって、外から二階へと飛び込んで来た。
「俺の息子を返せ!」
その剣の切っ先は、迷うことなく銀髪美女に向かって突き出された。




